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知美の恋人1-6
6.お前を、うちに泊めるから
辰夫が風呂から出ると、もうカレーの香りが部屋に漂っていた。
(手早いなぁ)
本当に料理は得意なのかもしれない。
「ねぇ、先生」
「なんだ?」
「これ、本当に先生の?わたしにぴったりなんだけど…」
辰夫と知美ではサイズが3つは違う。
「お前、いつも寝転んで本読んでるだろ。だから、着替えがあったほうがいいかなって思ったわけだ」
(嘘も方便だ)
「わたしに買ってくれたの?まじ?」
「ここで着るだけだけだから、なんでもいいだろ?」
(ダサいとかセンスが悪いとか言うに違いない)
「へぇー、先生、優しいんだね」
(えっ?)
素直に信じられると、多少の罪悪感を感じたりする。
「何よ」
「いや、女の子に優しいといわれたのは初めてのような気がする」
知美は、自分が辰夫に生徒ではなく女の子と意識されたことが嬉しかった。
「できたよ。食べる?」
「すごいな。お前、本当に料理できるんだ?」
「カレーだよ。料理ってほどのもんでもないでしょうに」
知美のカレーは、けっこう美味しかった。
辰夫は、食べるのが早い。
ものの数分でお皿は空になった。
「美味しかったよ」
そう言うと、もう自分の食器を片付けだした。
「早っ」
「俺、小さい頃に母親が亡くなって、ずっと親父と二人暮らしだ」
「そうなんだ」
「親父と二人の食事ってのが耐えられなくてな。とにかく早くその場から逃れたくて…、で、まぁ、食べるのが早くなったってわけだ」
「ふーん。うちはいつもわたしひとりだから、マイペース」
マイペースというより、かなり遅い。
「あのさ、ちょっとお前の家に行って来るから、ここにいろ」
「なんで?」
「お母さん、心配してるだろ?」
「わたし、家には帰らないよ」
「お前をうちに泊めるからって話してくる」
「泊めてくれるの?えっ…でも、待って、そんなこと…だめだって」
「じゃぁ、家に帰るか?」
知美は首を振った。
「“いい”って言うわけないじゃん」
「言ってみなきゃ、わかんないだろ」
「わかるわよ」
「お母さんが心配して、捜索願とか出されたら困るだろ」
知美は、母親の佳美が自分のことを心配するなどと思ってもいなかった。
「“見つかりました。塾の先生のところにいました”って、まずいだろ?」
しかし、喧嘩して飛び出してきたのだ。
心配するかもしれない。
知美はうなだれた。
「俺だけの問題じゃなくて、塾全体に迷惑かかるだろ」
確かに、格好のワイドショーネタだ。
「で、お母さんがだめだって言ったら?」
「どうしてもダメなときは、俺がどこかに泊まるよ。お前の家に泊めてもらおうかな」
「なにそれ?」
「とにかく、お母さんと話してくる。電話するから、ここにいろ。いいな」
「ねぇ、先生」
「何?」
「さっきわたしが話したことは、お母さんには言わないでね」
「お母さん、Mなんですか?ってか?」
「ばか、違うわよ。お母さんの浮気をわたしが知ってるってこと」
「言わないよ」
辰夫は、不安そうに玄関まで付いてきた知美をぎゅっと抱きしめた。
「どこにも行くな。ここにいろよ」
辰夫は念を押した。
知美の目に涙がたまっている。
「だいじょうぶだ。心配するな」
不意に辰夫の唇が近づいてくる。
(ウソ?)
軽く唇が触れただけのキス。
「じゃぁ。鍵かけといてくれ」
何事もなかったかのように辰夫は出て行った。
出かける夫を送り出す妻。
ドラマの中の夫婦みたいだ。
こぼれかけた涙が、どこかに消えてなくなった。
知美の恋人1-7
7.俺が別れさせてやる
「そうですか、知美、先生のところに…。すいません」
「こちらこそ、すいません。すぐにご連絡と思ったんですが、彼女、ちょっと興奮してまして、しばらく落ち着いてからと思ったもので、遅くなりました」
「で、今も先生のところに?」
「ええ。どこにも行かないように言ってあります」
「本当にご迷惑をおかけして申し訳ありません」
“知美が自分のところにいる”
辰夫が電話でそう佳美に告げたときの佳美の反応は、安堵ではなく恐縮だった。
知美の家出は、珍しくないのかもしれない。
「ご迷惑をかけて本当にすいません」
佳美は、何度も頭を下げた。
「いえ。それは別にかまわないんですが…」
「わたし、迎えにいきます」
「それは、やめましょう。無理やりそんなことをしても、いいことはなにもないでしょ」
「でも、それじゃ先生に…」
「だから、わたしのことはいいんです。問題は、あなたと知美さんのことです」
「すいません」
「佳美さん、このあいだ僕、言いましたよね。無理にコミュニケーションを図ろうとしないほうがいいって…」
「すいません」
「余計に、溝を作っちゃいましたね」
「すいません」
“お母さんMなの”
知美の言葉が脳裏を横切った。
「僕に謝るより、今後どうするかを考えましょう」
「はぁ…」
謝る以外の解決方法を見出せない女。
「佳美さん」
「はい」
「ご主人と離婚したことを知美さんに謝ったんですか?」
「えっ?…は、はい」
佳美は、困惑の表情を浮かべた。
「知美さん、それが気に入らなかったようです」
「どういうことでしょう?」
「“知美さんがいたから、今までずっと我慢してきたけど、やっぱりだめだった”って言いました?」
佳美は、うつむいたままうなずいた。
「あなたが謝った内容と知美さんが思っている離婚の原因には大きな食い違いがあるようです」
「食い違い」
「彼女、“自分をだしに使うな”、って怒ってるんです」
「“だしに…”って、そんなこと…」
「ご主人が愛人を作ったのは、別居した後ですよね」
「えっ?」
いきなりの指摘に佳美は戸惑うだけで答えが返せない。
「別居の原因は、あなたのほうにあったんじゃないんですか?」
「どういうこと…ですか?」
佳美は消え入りそうな小さな声で聞き返した。
「浮気をしたのはあなたのほうじゃないんですか?」
「知美がそう言ったんですか?」
声に力がない。
嘘のつけない女だ。
「何でもかんでも真実を話せばいいというもんじゃない。時には嘘をついたほうがいいこともあると僕は思います。ただ、嘘ってのは自分のためにつくのではなくて、相手のためにつくものだと思ってます。あなたの嘘は、自分がいい子になろうという嘘だ」
辰夫はきっぱりと決め付けた。
「すいません」
本当に嘘のつけない女だ。
「相手は、勤め先の方ですよね。今もまだ続いてるんですか?向こうも妻子がいるんでしょ?」
決め付けて訊いて確認する。
畳みかければ、相手はその中で違っているものだけを否定する。
否定しないものは肯定だ。
佳美は、うつむいて黙ったまま答えない。
答えがないのも肯定だ。
(黙ってると、どんどん悪者にしますよ、佳美さん)
「あなたは、ご主人と別れた。それは覚悟の上でしょうからあなたは痛くはない。でも、知美さんは父親を奪われた。自分のせいでもないのに…。知美さんから父親を奪ったのはあなたですよ」
「そんな…」
「あなたとご主人の間でなにが起きたかなんて知美さんには関係ない。ただ、別居も離婚も、発端はあなたの浮気でしょ。そんなあなたが知美さんのために何を我慢してきたというんです?その相手とは今も続いているんでしょ。あなたの我慢ってなんです?毎日男と会いたいのを週一回で我慢したとでも言うんですか?」
「違います」
「何が違うんですか?」
「夫と結婚する前に付き合っていたんです」
「でも、不倫だった?」
「違います。そのときは独身でした」
「ただ、彼はアメリカに行って、わたしは主人と結婚しました」
「で?」
辰夫は、先を促した。
「主人は開業するのにお金がいるので、わたしは仕事を続けました。10年かもっと経って、急にオーナーが病気で倒れて、彼がアメリカから帰ってきて後を継いだんです」
(彼って、オーナーの息子なのか)
「彼は向こうで結婚してました」
「久々に会って、よりが戻ったってわけですか?」
「いえ、次の春に、わたし人事で昇格したんです。昇格祝いで飲まされて、気分が悪くなって…」
「彼にレイプされた?」
辰夫は、佳美が言いにくいだろうところを補ってやった。
佳美はうなずいた。
「それをご主人が知った?」
また、うなずいた。
「わたしの言うことなど信じてくれませんでした。わたしが仕事を辞めるって言っても、許せないの一点張りで…」
「で、仕事は辞めなかった?」
佳美はうなずいた。
「レイプされた妻のいる男と今でも付き合ってる?」
「主人は口も聞いてくれなかったんです。わたし頼る人もなくて…」
「それで、ことの原因を作った張本人の男を頼った?」
佳美は力なくうなずいた。
とうてい、辰夫を説得できる話ではない。
「普通なら、憎むべき相手だ。それなのにあなたは、そいつの会社を辞めなかった。それどころか、今でも付き合っている。あなたの家庭を壊したその男と…。なぜでしょう?」
辰夫は佳美の顔を覗きこんで、話を続けた。
「憎んでないからだ。その男を愛してるから…じゃないですか?女は男に優劣を付ける生き物だ。一番とそれ以外。あなたの一番はその男であってご主人ではなくなった。ご主人が何を許せなかったのかはわかりませんが、もし、僕がご主人の立場だったら、僕はそれが許せない。他の男とセックスするのはいい。だが、自分以上に他の男を愛したのならそっちに行け。僕ならそう思いますね」
佳美に返す言葉はなかった。
「男と別れな」
辰夫の口調が変わった。
「まず、ご主人があなたから離れた。次は、娘さんだ。男には妻がいる。あなたは一人。そんなにそいつに抱かれたいのか?」
「そんな…ひどい」
「ひどい?あんたもしかして、自分を被害者だとでも思ってるのか?相手はホテルのオーナーだ。離婚してあなたと一緒になったりはしない。一緒に暮らせるはずもない男のために、家族に愛想をつかされて捨てられて、それでもまだその男にしがみつく。なぜだ?そいつに抱かれたいからだろ?」
「もう、やめてください」
「男と別れな。さもないと、今の話、知美に言うよ」
「やめてください」
「あんたが話した真実だろ。俺はそれを伝えるだけだ」
「ひどい」
パン
佳美の頬に辰夫の平手が飛んだ。
「ひどいのは、あんただろ。立ちな」
辰夫は、佳美の後ろに立って、佳美の脇に手を入れて立ち上がらせた。
「俺が別れさせてやるよ」
辰夫はそう言うなり、佳美の鳩尾に拳をめり込ませた。
「ぐふぉっ」
佳美が崩れ落ちる。
辰夫は、お腹を抱えてしゃがみこんだ佳美を床に転がして、さらに鳩尾に拳を入れた。
「うっ…」
さらにもう一発。
佳美の体がぐったりと床に広がった。
知美の恋人1-8
8.贈り物
携帯の音が遠くで聞こえている
佳美は、目を開けた。
「うっ」
起き上がろうとして、お腹に激痛が走った。
(何?)
携帯の音は、すぐ近くだ。
佳美は、携帯をとった。
“もしもし”
“辰夫です。メールを送ったので見といてください”
辰夫はそれだけ言って、一方的に電話を切った。
(辰夫…?)
佳美は、わけがわからないままメールを見た。
“メリークリスマス
あなたの身体に贈り物をしました。
明後日、うちに来てください。
それまで、それを消さないように。
もし、消えてたら、すべてを知美に伝えます“
佳美は、ようやく思い出した。
(お腹を殴られて…)
でも、なぜベッドにいるのか?
しかも裸だ。
殴られた後のことがわからない。
(身体に贈り物って…、まさか?)
佳美は、起き上がった。
寒いが、その前に確かめなければいけない。
佳美は、裸のままベッドに座って、股間に指を入れようとしてやめた。
(何?)
太ももにマジックで字が書いてある
“辰夫”
左も右も…
太ももだけではない。
下腹部にも
佳美は鏡の前に立った。
左右の乳房にも
(これを消すなっていうこと?)
佳美は、“身体に贈り物をした”と言われて、てっきり中に出されたと思った。
だが、違った。
辰夫が佳美の身体に残したのは、“辰夫”という名前だけ
“俺が別れさせてやる”
辰夫の言葉を思い出した。
確かに。
これで他の男に抱かれることはできない。
(辰夫さん…)
なぜか涙がこみ上げてきた。
「ただいま」
待ちわびていたのだろう。
辰夫が帰ると知美が駆け寄ってきた。
「おかえりーっ」
こんなに嬉しそうに“おかえり”と言われると、思わず心が和む。
「今日、泊まっていいよ」
コンビニの買い物袋をテーブルに置きながら、辰夫は知美にそう告げた。
「いいの?本当?お母さんがそう言ったの?」
「お前にごめんなさいって謝ってた」
辰夫は知美の質問には答えずに話を変えた。
「だめよ。いまさら何言ったって…」
「男と別れろって言っといた」
「男のこと、話したの?」
「お前から聞いたとは言ってない。いろいろ問い詰めたら自分から言った」
「何て?」
「だいたいお前の言ってた通りだ」
「そうなの?」
「ケーキ買ってきた」
辰夫は佳美の話を軽く流して切り上げた。
深刻なことを深刻に話しても深みにはまるだけだ。
「ケーキ?」
「コンビニのだけどいいか?」
「いい。いい。全然いい」
「シャンパン飲むか?」
「そんなのも買ったの?」
「ああ、クリスマスだからな」
「でも、わたし、中学生だぞ」
知美はわざとしかめ面をして見せた。
「紅茶も買ってきたけど…」
「うそだってば。飲むよ、シャンパン」
誕生日もクリスマスも楽しかった思い出は何もない。
知美には、佳美のことなどもうどうでもよかった。
シャンパンのせいか、知美はよくしゃべった。
ようやく話が途切れたとき、辰夫はテーブルの上のものを片付けだした。
「寝るか?歯ブラシ買ってきたから…」
「ありがと」
知美が歯を磨いている後ろで辰夫も歯を磨く。
11歳も歳の離れた男。
その男を、“おかえり”と出迎え、いっしょに歯を磨いている。
辰夫にとって自分がただの教え子なのか、友達なのか、兄妹なのか、親子なのか、恋人なのか、知美にはわからない。
ただ、肌を触れ合わせることの出来る距離にいるのは間違いなかった。
「わたし、どこで寝るの?」
「ベッド」
「先生は?」
「ベッド」
「いっしょに寝るの?」
「いやか?」
「ううん。いいけど…」
「よくないだろ。ばか。嫌がれ」
「だって、ベッド一個しかないじゃない」
「当たり前だろ、せまいんだから、何個もベッドが置けるかよ」
「寒いから、いっしょに寝よう」
知美は、辰夫の手を引いてベッドに連れて行った。
辰夫のベッドは、ひとりにしては広かった。
二人並んで寝ても余裕がある。
「ねぇ、先生」
「ん?」
「ホントに今、彼女いないの?」
「ああ、なんで?」
「ううん。わたしがいたら迷惑かなって」
「そうだな。家出娘は、彼女がいなくても迷惑だな」
「ひどーい」
知美は辰夫の胸に頭を乗せた。
「ねぇ、先生」
「ん?」
「お願いがあるんだけど…」
「なんだ?」
「わたし、ファーストキスだったの」
「何が?」
「先生がここを出て行くとき、したでしょ」
「ああ…」
「もう一回、ちゃんとして」
「やり直しか?」
「だって、ファーストキスなのよ。あんなのじゃなくて…」
(あっ…)
知美の言葉が終わらないうちに、辰夫にぎゅっと抱きしめられた。
知美は目を閉じた。
くちびるが触れる。
(熱い)
“チュッ”ではないキスだったが…。
「おやすみのキスだ」
「もう…意地悪」
知美の恋人2-1
第2章
1.本当に別れさせてくれますか?
辰夫に家に来るように言われた日。
佳美は、男の誘いを断った。
“今夜、少し遅くなるが先に行って待ってて”
“今夜は会えません”
“どうした?”
“娘が病気なので…”
“そうか”
短いメールのやりとり。
別れる決心はした。
まだ、それが言い出せない。
何度も別れようとしたが、できなかった。
今度こその思いはある。
だから中途半端に言い出せない。
佳美は、辰夫のマンションに行く前に一度家に帰ってシャワーを浴びた。
佳美の身体に残した文字を確認するということは、裸を見せるということだ。
太ももにも乳房にもまだ辰夫の文字が残っている。
佳美は、そのマジックの字が消えないように身体を洗った。
(わたし…ばか)
自分でもばかなことだと思う。
子どもの悪戯のようなものではないか。
(わたしのことなんて何も知らないくせに、勝手に踏み込んできて、“俺が別れさせてやる”なんてえらそうに…何様?)
そう思いながらもシャワーを文字に直接あてないように石鹸の泡をタオルで拭き取る。
自分の身体に残された辰夫という文字。
佳美は、それが嫌ではなかった。
佳美はずっと孤独だった。
夫には、捨てられた。
男には妻子がある。
誰も佳美を守ってくれはしない。
“俺が別れさせてやる”
辰夫の言葉は胸に響いた。
(ホントばか、バツイチ、子連れのおばさんのくせに…)
辰夫は娘の塾の先生。
会ったのは、わずか2回。
佳美は辰夫のことを何も知らない。
ただ、かなり自分よりも年下であることは間違いなかった。
(何悩んでるのよ。小娘の初デートじゃあるまいし…)
佳美は、悩んだ末、お尻が隠れるほど丈のあるゆったりとしたカシミアのパフスリーブのプルオーバーと膝丈のツィードのスカートを選んだ。
思っていることとやってることが違う。
わざとそのギャップを楽しんだ。
辰夫のマンションに来るのは二度目だが、正直、場所をはっきりとは覚えていない。
なんとかたどり着いたドアの前で、辰夫に電話した。
“佳美です。今、着きました”
“3階の302号室だから”
佳美の目の前のドアに302の表札がある。
“ドアの前にいます”
“ドアの前から電話してるの?”
“ごめんなさい。もし、間違ってたら困るんで”
“待ってて…”
ドアの向こうで物音がする。
鍵が開く。
ドアが開いた。
「入って」
辰夫の笑顔があった。
「コーヒー飲みますか?」
「はい。あっ、わたしがやります」
「あっ、いいの。座っててください。コーヒーはちょっとこだわりがあるので…」
佳美は、あらためて辰夫の部屋をじっくりと観察した。
圧倒的な量の本が目に付く。
「すごい本の量ですね」
「知美さんもよく本を読みますよね」
「ほとんどマンガです」
「僕もそうですよ。どうぞ」
辰夫はコーヒーをテーブルに置いた。
「このあいあだは、知美がご迷惑をかけました」
「こっちこそ、ひどいことをしました」
「えっ…あっ、いえ」
ひどいことに違いないのだが、佳美はどう対応していいのかわからない。
「先生」
「辰夫です」
「ごめんなさい。辰夫さん、ちょっと聞いていいですか?」
「どうぞ」
「おいくつなんですか?」
「26です」
佳美は38歳、ちょうど一回り若い。
「わたしと一回り違うんですね」
「佳美さんは、38歳ですか?」
「はい」
「年下はいやですか?」
(えっ…)
「からかわないでください」
「からかったりしませんよ」
「一回りも年上のおばさんですよ」
「一回りも年下の若造ですけど…」
「だって、ついこの間会ったばかりで、何も知らないのに…」
「これから知り合うんですよ」
「ごめんなさい。でも、どうしてわたしなんか…」
「佳美さん、きれいですよ」
面と向ってこんなことを言われたのは初めてだ。
どんな言葉を返していいのか佳美にはわからない。
「肌もきれいです」
裸を見られているのだ。
「恥ずかしいから…、言わないで」
「この前のことは、謝ります」
殴ったことを言っているのだろう。
「いえ…。でも、どうして、あんなことを?」
「ちょっと急いでたので…」
「何を?」
「別れさせたかったんですよ。なるべく早く」
佳美は、立ち上がって、スカートを下ろし、パンティーストッキングも脱いで辰夫の前で足を開き、太ももを見せた。
「本当に別れさせてくれますか?」
辰夫はうなずいた。
知美の恋人2-2
2.大腿四頭筋
色白の佳美の太ももに、薄くなってはいるが、タツオという文字が残っていた。
名前は両方の太ももに書いた。
辰夫は、佳美の太ももに手を入れてもう一方の足の内側を自分のほうに向けた。
がに股になる。
人に見せられる格好ではない。
真っ白な太ももがうっすらとピンクに染まってきた。
「上も」
辰夫は事務的な声で命じた。
乳房も見せろということだ。
佳美は、プルオーバーのセーターを脱ぎ、キャミソールは肩紐をずらして下に落とした。
背中のホックを片手ではずして、もう一方の手でブラを乳房に押し当てたまま、少し上にずらして乳房の下のほうに書かれたタツオという文字を見せた。
辰夫は立ち上がって佳美の前に立ち、乳房を押さえている佳美の手を取った。
ゆっくりと佳美の手を乳房から離す。
押さえつけられていたブラがだらしなく垂れ下がる。
辰夫は、ブラを佳美の腕から抜いた。
40近いが、佳美の乳房は、まだつんと上を向いている。
乳首の先端が、辰夫のシャツに触れた。
小柄な佳美と辰夫では30センチ近い身長差がある。
辰夫は、佳美のあごに手をあて、佳美の顔を上に向けた。
「口には、書けなかった」
「誘われたけど、会わなかったの」
「信じるよ」
辰夫に折れるほどきつく抱きしめられた。
辰夫の唇が佳美の唇に重なる。
立って、抱きしめられながらのキス。
こんなキスは、20代の頃以来だ。
佳美は、自分から少し口を開いて、辰夫の舌を受け入れた。
「きゃっ」
不意に辰夫に抱き上げられた。
佳美は辰夫の首にしがみつく。
お姫様だっこなど、生まれて初めてのことだ。
ベッドまで数メートル。
さほど逞しくは見えない辰夫だが、軽々と佳美を運んだ。
「消すよ」
辰夫は、ティッシュにシンナーを含ませて佳美の体の文字を拭いた。
冷たい。
ティッシュを当てる度に、佳美の体がピクンと揺れる。
シンナーのにおい。
佳美が小さく咳き込んだ。
「消えたよ」
「シャワー浴びていい?」
「どうぞ」
バスルームで佳美は、消えた文字の痕を探した。
なんとも言いようのない気持ちだった。
消されて初めて、佳美は、その文字を三日間、消えないように大事にしてきた自分に気づいた。
「佳美さん」
ドアの向こうで辰夫の声。
「はい」
「ごめん。手を洗いたいんだ」
洗面台は、バスルームの中だ。
「どうぞ」
ドアが開いた。
「ごめん。シンナーが臭くて…」
「シャワー浴びたら?」
「そうしたいんだけど…」
「わたし出るから…」
辰夫の横を抜けてバスルームを出ようとする佳美に辰夫の腕が巻きついた。
「ばか、濡れるわよ」
「脱がせてくれないか。シンナーの匂いが服にうつる」
「わかった」
佳美は、辰夫の服を脱がせた。
ゆったりしたスウェットの下から引き締まった精悍な肉体が現れた。
佳美は驚いた。
服を着ているときは、むしろ痩せている方だと思っていた。
“鋼のよう”とはこのことだ。
辰夫の胸を叩けば、カンと金属音がしそうな感じだ。
「何かスポーツしてるの?」
「高校までは…」
「何してたの?」
「ラグビー」
「ラグビー?」
「ふーん」
「下も脱ぐ?」
「ああ」
佳美は辰夫の下半身も見たくなった。
性器ではない。
太ももだ。
佳美は、パンパンに張った太ももが好きだ。
今の男も、学生時代はアメフトをやっていた。
短大を出て、ホテルに就職した佳美は、親の会社でアルバイトをしていたその男と知り合った。
オーナーの息子だとは知らなかった。
中年になった今は昔ほどではないが、それでも別れた夫よりははるかに締まった身体をしている。
佳美は、辰夫の前にしゃがんだ。
ベルトをはずし、ホックをはずし、ジッパーを下げ、ズボンを下ろす。
佳美が思った通りの太ももが現れた。
ほんのわずかなたるみもない筋肉。
大腿四頭筋。
いつだったか、人体図鑑で調べた。
佳美にとって、男らしさとは、大腿四頭筋と上腕二頭筋、そして大胸筋だった。
ボディビルダーのように不必要に太った筋肉は気持が悪い。
より早く、より強く動くためにぎりぎりまで絞られた筋肉。
佳美は、思わず、辰夫の裸の太ももに手を当てた。
「太い」
照れ隠しのように佳美がつぶやいた。
「普通だろ」
トランクスタイプの下着だが、太ももに余裕がない。
佳美は、そのトランクスも引き下げた。
辰夫のペニスは、大きくなりかけているのか、それとも普段からこのサイズなのか、だらんと下に垂れているが、かなり大きかった。
佳美は、辰夫の顔を見上げた。
目尻が少し下がった優しい顔からは想像もできない身体。
佳美は、辰夫のペニスを握った。