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知美の恋人1-7
7.俺が別れさせてやる
「そうですか、知美、先生のところに…。すいません」
「こちらこそ、すいません。すぐにご連絡と思ったんですが、彼女、ちょっと興奮してまして、しばらく落ち着いてからと思ったもので、遅くなりました」
「で、今も先生のところに?」
「ええ。どこにも行かないように言ってあります」
「本当にご迷惑をおかけして申し訳ありません」
“知美が自分のところにいる”
辰夫が電話でそう佳美に告げたときの佳美の反応は、安堵ではなく恐縮だった。
知美の家出は、珍しくないのかもしれない。
「ご迷惑をかけて本当にすいません」
佳美は、何度も頭を下げた。
「いえ。それは別にかまわないんですが…」
「わたし、迎えにいきます」
「それは、やめましょう。無理やりそんなことをしても、いいことはなにもないでしょ」
「でも、それじゃ先生に…」
「だから、わたしのことはいいんです。問題は、あなたと知美さんのことです」
「すいません」
「佳美さん、このあいだ僕、言いましたよね。無理にコミュニケーションを図ろうとしないほうがいいって…」
「すいません」
「余計に、溝を作っちゃいましたね」
「すいません」
“お母さんMなの”
知美の言葉が脳裏を横切った。
「僕に謝るより、今後どうするかを考えましょう」
「はぁ…」
謝る以外の解決方法を見出せない女。
「佳美さん」
「はい」
「ご主人と離婚したことを知美さんに謝ったんですか?」
「えっ?…は、はい」
佳美は、困惑の表情を浮かべた。
「知美さん、それが気に入らなかったようです」
「どういうことでしょう?」
「“知美さんがいたから、今までずっと我慢してきたけど、やっぱりだめだった”って言いました?」
佳美は、うつむいたままうなずいた。
「あなたが謝った内容と知美さんが思っている離婚の原因には大きな食い違いがあるようです」
「食い違い」
「彼女、“自分をだしに使うな”、って怒ってるんです」
「“だしに…”って、そんなこと…」
「ご主人が愛人を作ったのは、別居した後ですよね」
「えっ?」
いきなりの指摘に佳美は戸惑うだけで答えが返せない。
「別居の原因は、あなたのほうにあったんじゃないんですか?」
「どういうこと…ですか?」
佳美は消え入りそうな小さな声で聞き返した。
「浮気をしたのはあなたのほうじゃないんですか?」
「知美がそう言ったんですか?」
声に力がない。
嘘のつけない女だ。
「何でもかんでも真実を話せばいいというもんじゃない。時には嘘をついたほうがいいこともあると僕は思います。ただ、嘘ってのは自分のためにつくのではなくて、相手のためにつくものだと思ってます。あなたの嘘は、自分がいい子になろうという嘘だ」
辰夫はきっぱりと決め付けた。
「すいません」
本当に嘘のつけない女だ。
「相手は、勤め先の方ですよね。今もまだ続いてるんですか?向こうも妻子がいるんでしょ?」
決め付けて訊いて確認する。
畳みかければ、相手はその中で違っているものだけを否定する。
否定しないものは肯定だ。
佳美は、うつむいて黙ったまま答えない。
答えがないのも肯定だ。
(黙ってると、どんどん悪者にしますよ、佳美さん)
「あなたは、ご主人と別れた。それは覚悟の上でしょうからあなたは痛くはない。でも、知美さんは父親を奪われた。自分のせいでもないのに…。知美さんから父親を奪ったのはあなたですよ」
「そんな…」
「あなたとご主人の間でなにが起きたかなんて知美さんには関係ない。ただ、別居も離婚も、発端はあなたの浮気でしょ。そんなあなたが知美さんのために何を我慢してきたというんです?その相手とは今も続いているんでしょ。あなたの我慢ってなんです?毎日男と会いたいのを週一回で我慢したとでも言うんですか?」
「違います」
「何が違うんですか?」
「夫と結婚する前に付き合っていたんです」
「でも、不倫だった?」
「違います。そのときは独身でした」
「ただ、彼はアメリカに行って、わたしは主人と結婚しました」
「で?」
辰夫は、先を促した。
「主人は開業するのにお金がいるので、わたしは仕事を続けました。10年かもっと経って、急にオーナーが病気で倒れて、彼がアメリカから帰ってきて後を継いだんです」
(彼って、オーナーの息子なのか)
「彼は向こうで結婚してました」
「久々に会って、よりが戻ったってわけですか?」
「いえ、次の春に、わたし人事で昇格したんです。昇格祝いで飲まされて、気分が悪くなって…」
「彼にレイプされた?」
辰夫は、佳美が言いにくいだろうところを補ってやった。
佳美はうなずいた。
「それをご主人が知った?」
また、うなずいた。
「わたしの言うことなど信じてくれませんでした。わたしが仕事を辞めるって言っても、許せないの一点張りで…」
「で、仕事は辞めなかった?」
佳美はうなずいた。
「レイプされた妻のいる男と今でも付き合ってる?」
「主人は口も聞いてくれなかったんです。わたし頼る人もなくて…」
「それで、ことの原因を作った張本人の男を頼った?」
佳美は力なくうなずいた。
とうてい、辰夫を説得できる話ではない。
「普通なら、憎むべき相手だ。それなのにあなたは、そいつの会社を辞めなかった。それどころか、今でも付き合っている。あなたの家庭を壊したその男と…。なぜでしょう?」
辰夫は佳美の顔を覗きこんで、話を続けた。
「憎んでないからだ。その男を愛してるから…じゃないですか?女は男に優劣を付ける生き物だ。一番とそれ以外。あなたの一番はその男であってご主人ではなくなった。ご主人が何を許せなかったのかはわかりませんが、もし、僕がご主人の立場だったら、僕はそれが許せない。他の男とセックスするのはいい。だが、自分以上に他の男を愛したのならそっちに行け。僕ならそう思いますね」
佳美に返す言葉はなかった。
「男と別れな」
辰夫の口調が変わった。
「まず、ご主人があなたから離れた。次は、娘さんだ。男には妻がいる。あなたは一人。そんなにそいつに抱かれたいのか?」
「そんな…ひどい」
「ひどい?あんたもしかして、自分を被害者だとでも思ってるのか?相手はホテルのオーナーだ。離婚してあなたと一緒になったりはしない。一緒に暮らせるはずもない男のために、家族に愛想をつかされて捨てられて、それでもまだその男にしがみつく。なぜだ?そいつに抱かれたいからだろ?」
「もう、やめてください」
「男と別れな。さもないと、今の話、知美に言うよ」
「やめてください」
「あんたが話した真実だろ。俺はそれを伝えるだけだ」
「ひどい」
パン
佳美の頬に辰夫の平手が飛んだ。
「ひどいのは、あんただろ。立ちな」
辰夫は、佳美の後ろに立って、佳美の脇に手を入れて立ち上がらせた。
「俺が別れさせてやるよ」
辰夫はそう言うなり、佳美の鳩尾に拳をめり込ませた。
「ぐふぉっ」
佳美が崩れ落ちる。
辰夫は、お腹を抱えてしゃがみこんだ佳美を床に転がして、さらに鳩尾に拳を入れた。
「うっ…」
さらにもう一発。
佳美の体がぐったりと床に広がった。
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