スポンサーサイト
新しい記事を書く事で広告が消せます。
絵梨の純真1-1
絵梨の純真
第1章
1.距離
「絵梨、いっしょに帰る?」
別に何をするというわけでもなく、ぼんやり教室に残っている絵梨のところにやってきた裕子が声をかけた。
「えっ…。う、ううん。わたしはまだ…」
絵梨は、思い出したように、数学のチャートを開いた。
「テス勉?」
「うん。まぁ…。帰っちゃうと、やらないから、ここで…」
「そう、じゃぁ…。わたしは塾だから…」
そう言って裕子が帰ると、教室には絵梨がひとり残った。
4時21分
(後4分…)
絵梨もまた、テキストをカバンに入れて帰り支度を始めた。
私立桜ヶ丘学園。
中・高一貫の大学の付属校。
まだ創立10年の新しい学校だ。
絵梨も裕子も中学からここに通っている。
中学から上がってくる生徒とは別に、高校でも新規に生徒を募集しているが、中高一貫のカリキュラムの生徒と高校から入ってきた生徒とでは、カリキュラムが異なるため高校の1年間は、別のクラスになっている。
もうすぐ2年になる。
2年になれば、中学からの生徒も高校からの生徒もいっしょになる。
そのクラス分けのためのテストが2週間後だ。
高校から入って来た生徒は、学力的には優秀な子が多いが、カリキュラム上は中学からの生徒に比べほぼ1年遅れている。
その遅れを取り返すべく、彼らには放課後も補習が行われる。
里中直人。
彼も、数学の補習を受けているはずだ。
絵梨は、彼の帰りを待っていた。
絵梨が直人を知ったのは、秋の球技大会のときだ。
男子は、サッカー、女子はバレーボールのはずだったのだが、雨のため、男子がバスケットに変更された。
男女がともに体育館を使うため、リーグ戦の予定がトーナメントに変更されて、女子のバレーボールは早々と敗退したが、バスケット部員が2人いる男子は、2年生のクラスも打ち破り、決勝に勝ち残った。
その相手チームに直人はいた。
身長は、180cmくらいか。
絵梨が見上げる絵梨のクラスのバスケット部の早島健太が182cm。
健太よりも少し低い感じだ。
ただ、はっきり言って、早島よりも直人のほうが動きが早い。
読みもいいのだろう。
何度もパスをカットされた。
そして何よりも圧巻だったのは、直人はダンクを決めたのだ。
負けたクラスは、とっくに教室に帰っているので、この試合を見ていたのは対戦相手の2クラスだけ。
観客といえるほどの人数ではなかったが、その一瞬、体育館中がどよめいた。
まさか、クラス対抗の球技大会でダンクが見られるなどと誰も思ってはいない。
女子の視線がいっきに直人に集まった。
後半、メンバーがそっくり入れ替わり、試合のほうは絵梨のクラスが逆転勝ちしたが、試合後の話題は直人一色だった。
誰ひとり彼の名前も知らなかったのに、翌日には、彼のプロフィールが出回っていた。
「私、直人にする」
裕子が突然、絵梨に打ち明けた。
「えっ?でも、裕子、中沢さんは?」
つい昨日までサッカー部の1年先輩の中沢悟を追いかけていたのに…。
「いいの。別に告ったわけじゃないし…」
絵梨は出鼻をくじかれた。
直人は、彼のクラスでも女子にかなり人気があるらしい。
しかも、今回の試合で、さらにファンは増えたに違いない。
その上に裕子だ。
ルックスでは、絵梨はとても裕子にはかなわない。
絵梨は自分でそう思っていた。
裕子は、即断即決、ものおじしない性格でかなり積極的に男子にアプローチする。
自分のほうから告っていくタイプだ。
それに比べて、絵梨は、優柔不断で、男子と1対1では、ろくに話もできない恥ずかしがり屋ときている。
(あーあ、裕子まで…だめだわぁ・・・とても勝ち目ない)
クリスマスに向けて積極的に直人にアタックしていく裕子を絵梨はただ見ているだけだった。
うまくいかないことを心の中で祈りながら…。
クラスの女子の直人熱は、冬休みに入るまでの2週間で収束に向った。
結局、裕子のアプローチも他の女子の接触もことごとく不発に終わったようだった。
ただ、裕子はまだ諦めてはいない。
ことあるごとに直人の話題だ。
次のチャンスはバレンタイン。
4日後だ。
絵梨は、裕子が校門を出て行ったのを窓から確認してから教室を出た。
直人とは、帰る方向が同じだ。
絵梨は、ゆっくりと校門へと向う。
補習を終えて帰る直人のクラスの生徒が次々と絵梨を追い越していく。
(来た…)
足早に歩く足音。
直人の足音に違いない。
直人は決まって一人で帰る。
歩くのが恐ろしく早い。
絵梨も少しだけスピードを上げるが、すぐに追い越される。
歩いていたのでは、とてもついていけないが、走って追いかけるわけにもいかない。
授業が終わって、1時間半待って、追い越される一瞬、横顔を見て、遠ざかっていく後姿を数分眺めるだけ。
これが今の絵梨と直人との距離。
絵梨は、ふーっとひとつため息をついた。
絵梨の純真1-2
「絵梨」
放課後、昨日と全く同じタイミングで裕子がやってきた。
「何?」
「今日も、まだいるの?」
何かひっかかる言い方だ。
「えっ?うっ…うん。でも、もうすぐ帰るけど…」
“いったい、毎日何をしているのか”と訊かれないようにあいまいに答えた。
「もう、少しいるでしょ?」
「えっ?まぁ、…何なの?」
「もうすぐ補習終わるでしょ…」
「補習?」
裕子が、直人のクラスのことを言っているのはわかっていたが、絵梨はわざととぼけた。
「直人のクラスよ」
「ふーん…で?」
「直人がさ、校門を出たら、メールくれないかな?」
「裕子に?」
裕子がうなずいた。
「何て?」
「“出た”って」
(お化けかい?)
絵梨は思わずつっこみたくなったが、ぐっとこらえた。
「校門出たらって…、じゃぁ、わたしここでずっと校門見てなきゃいけないの?」
「お願い。後10分くらいで終わるから…」
「いいけど…」
「じゃぁ、お願いね。それじゃ」
言いたいことだけ言って裕子はそそくさと出て行った。
絵梨は、窓から裕子が校門を出て行くのを眺めた。
昨日と同じだ。
(そういうことね)
昨日、裕子が、なんでこんな時間まで学校にいたのか、その理由がわかった。
今日は、2月14日。
バレンタインだ。
裕子はきっと、直人の帰り道に、どこかで渡す気なんだ。
昨日は、そのリハーサルだったに違いない。
きっとどこかで直人が通るのを待っていたんだ。
昨日と同じように絵梨は帰り支度を始めた。
参考書をしまうカバンの中に、赤い包装紙の小さな包みがあった。
昨日作ったチョコクッキー。
絵梨もまたそれを帰り道にどこかで渡すつもりだった。
でも、どうやらそれは無理みたいだ。
渡せなくなったチョコクッキー。
「ふーっ」
絵梨は大きなため息をついた。
渡せないだけなら、もともと渡せないだろうと思いつつ作ったものだ。
どうということもない。
ただ、わざわざ帰り道で待ち伏せしてまでプレゼントを渡そうとする裕子を見て、ショックは大きかった。
直人の帰りを待つのは、少なからず楽しみではあったのだが、今日は違う。
重い気分で絵梨は、教室を出た。
下駄箱の前には、すでに直人のクラスの生徒がいた。
(あれ?早い)
わずか1分か2分のことだが、いつもより早い。
直人の下駄箱には、まだ靴があった。
(よかった。まだ、帰ってない)
いつものように絵梨はゆっくりと靴を履き替え、外に出る。
校門までは、100mくらい。
絵梨は、後ろから近づく足音に耳を澄ました。
(違う…違う…違う…、遅いわ)
絵梨は、立ち止まって振り返った。
校舎の出口に直人はいた。
直人の前に女子が二人。
直人の帰りを待っていた女子は他にもいたのだ。
直人が校門に向って来た。
絵梨は、携帯を取り出し、裕子にメールを入れた。
いつもの足音が近づいてきて追い越していった。
そしてすぐに直人の姿が絵梨の視界から消えた。
(ばか…絵梨の軟弱者)
子供の頃から何度も自分をののしって来たせりふだ。
(あれ?)
コンビニの前を通った絵梨は、自販機の横に直人が立っているのを見つけた。
直人は通りに背を向け電話をしていた。
周りには絵梨の学校の生徒は見当たらない。
裕子の待ち伏せ場所もここではなかったようだ。
直人との距離がどんどん近づいてくる。
(神様!)
絵梨は、何度も周りを確認する。
(誰もいない。チャンスだわ。ああ、でも…)
心臓が、すごい勢いで鼓動し始めた。
直人との距離がさらに近づき、身体を流れる血液の音まで耳に入ってきそうなほどだ。
(よし。…わたしが通りすぎる直前に直人の電話が終わったら…わたす)
そんな偶然などありえない。
渡さなくてもいい状況を自分で設定したおかげで、息苦しさは少し和らいだ。
(後、10m…後、8m…、5m、3m…えっ?)
あろうことか、直人が、携帯を折りたたんでポケットにしまった。
歩道に出てきた直人。
(ああ、どうしよう…声をかけないと…、えっ、でも、なんて言えばいいの?)
絵梨は、直人の前で立ちすくんだ。
「どうかした?」
直人の方から声をかけてきた。
「い…いえっ…」
直人が不思議そうな顔で絵梨を見る。
(言わなきゃ…言わなきゃ…)
心臓が口から飛び出しそうだ。
「あ…あ、あのぅ…」
「何?」
絵梨は、カバンの中から赤い小さな包みを取り出した。
「これ、もらってください」
「えっ?…俺に?」
直人はあきらかに驚いた表情だ。
無理もない。
偶然、会った女子からのプレゼントだ。
絵梨の差し出した包みを受け取ると、直人は周りを気にしてそfれをすぐにしまった。
「あのさ」
「はぁ?」
「名前とか訊いていい?」
ゆっくりと歩き出した直人を追うように絵梨も歩いた。
「早川絵梨」
「何年生?」
がっかりするような質問だが、直人にとっては、まったくの初対面なのだ、仕方がない。
「1年B組」
「ふーん」
絵梨は、周りが気になった。
裕子がどこかにいるはずなのだ。
直人といっしょに歩いているところを見られるわけにはいかない。
「後で、メールしていい?俺、ちょっと急ぐんで…」
「いいです…あっ、じゃぁ、今、メール送ります」
「知ってんの。俺のメアド?」
「すいません」
「いやぁ、謝らなくてもいいけど…」
「送っていいですか?」
「うん。いいよ」
絵梨は、自分の携帯番号を入力してメールで送った。
しばらくして、直人の携帯に着信音があった。
「じゃぁ。また」
直人は、すぐにいつものペースで歩き出した。
一度も振り返らず、すぐに直人の姿は見えなくなった。
絵梨の純真1-3
(遅いなぁ)
裕子は、ピノキオというファンシーな小物を売っている店で前の通りを注意深く見守っていた。
直人のマンションの近くをぶらついていたときに偶然見つけた店だ。
この店から直人のマンションまでは、10メートルほど。
絵梨から、メールをもらって、もうけっこうな時間が過ぎた。
(もしかして見逃したとか…)
そんなはずはないのだが、それでも不安がよぎった。
それに小さな店に長時間いるのは気を遣う。
そろそろ限界だった。
裕子は、ちょっとかわいい携帯のストラップを買ってレジに立った。
さすがに何も買わずに出るのは気がひけた。
レジに立てば、その間、通りに背を向けることになる。
商品の紙袋とお釣りを受け取ると、裕子は、急いで外に出た。
「きゃっ」
外に出た裕子の前を二人の少年が駆け抜けた。
かろうじて裕子はよけたが、ふんばった左足で小石を踏んで足首をひねった。
(痛い!)
おもわずしゃがみこんでお尻をついた。
(いやっ、冷たい)
店の前に水でもうってあったのか、そこは濡れていた。
(なんなの…最悪)
裕子は、手をついて右足だけで立ち上がり、痛みをこらえながら、なんとか横のブロック塀まで移動して壁にもたれた。
(あいつら…)
裕子は、少年たちに目をやった。
彼らは、振り返りもせず、ふざけながら歩いていく。
その少年たちとすれ違って直人がいた。
(直人。…やだ、今の見られた)
視線があった。
「里中君…」
呼びかけたわけではないが、直人が近づいてきた。
「どうした?だいじょうぶか?」
直人は裕子を知っていた。
冬期講習から直人が通う学習塾に入ってきた女だ。
よくしゃべる女だ。
「足、ひねっちゃったみたい」
直人がいきなりしゃがんで裕子の左足を軽くつかんだ。
「痛むか?」
裕子は、うなずいた。
実際、痛いのだ。
「歩けるか?」
「わからない」
「俺の家、そこのマンションなんだ。そこまで行けるか?」
願ってもない。
裕子は黙って大きくゆっくりうなずいた。
痛みは少しずつおさまってきていたが、とても左足は踏ん張れない。
「肩につかまれ」
直人が右の肩を裕子に向って落とす。
裕子は、伸び上がるようにして左手を直人の方に回した。
「ちょっといいか?」
直人の手が裕子の腰に回った。
(ぜんぜんだいじょうぶ)
直人は、裕子を自分のほうに引き寄せた。
体全体を持ち上げられたような格好で、左足には、ほとんど体重がかからない。
歩くのに問題はなかったが、濡れたショーツが股間に食い込んで気持ち悪かった。
(ああ、わたし…、どうしよう。渡しちゃった)
絵梨は、立ち止まったまま、しばらく動けなかった。
渡せたらいいなとは思っていた。
どうやって渡すかもいろいろ考えた。
でも、本当に渡せるなんて思ってもいなかった。
直人の姿が見えなくなってもまだ、心臓は、どきどきしている。
「ふーっ」
大きく息をして、ようやく絵梨は歩き始めた。
直人が左に曲がった交差点をまっすぐ行けば絵梨の家だ。
その交差点で立ち止まった。
左を見た。
直人の姿はない。
この先のふたつめの路地を右に入ってまっすぐ行けば、直人の住むマンションがある。
裕子のことが気になった。
(どこで渡すんだろう?)
絵梨の足が左に向いた。
ふたつめの路地。
右を見た。
少年がふたりふざけあいながらこっちにやってくる。
他には誰もいない。
(どうしようかな…)
こんなところで裕子に出会ってしまうのも、直人に会うのも具合が悪い。
(帰ろう)
絵梨は来た道をまた戻っていった。
絵梨の純真1-4
痛みはだいぶおさまっていたが、裕子は、顔をしかめたまま直人に抱きついて歩いた。
607号室。
そこが直人の部屋だ。
玄関に入って、裕子はすぐに床にしゃみこんで靴を脱いだ。
先にあがった直人が、スプレーを持ってきて裕子の足首に吹きかける。
(冷たい…)
裕子は、靴を脱いだ足を床の上にあげて、足を伸ばした。
せっかくここまで来て、玄関で治療されて帰されたんじゃ面白くない。
「直人君」
「何だ?」
「あの、トイレいい?」
「ああ。そこだ」
直人が玄関脇の廊下の突き当たりを指さした。
わずかな距離だが、それでも玄関よりは中だ。
裕子は、壁伝いに歩き、トイレに入った。
(さぁ、どうしよう…)
裕子は考えた。
(まずは、トイレが先よね)
トイレを借りたのは、部屋の中に入りたいための口実でもあったが、実際、尿意もあった。
道にしりもちをついてけっこう濡れたせいかもしれない。
裕子はショーツもスカートも下に降ろした。
スカートが結構濡れている。
(そうだわ…)
裕子は、ショーツとスカートを脱ぎ去って、まっすぐ立ってみた。
制服のシャツはそこそこ裾が長い。
太ももも十分覆われている。
(やりすぎだとは思うけど…事故だし、しょうがないわ)
裕子は、脱いだショーツとスカートを手に握ったままトイレから出た。
「直人君」
「ん?」
裕子のほうを見た直人に驚いた様子はない。
あまり大げさに驚かれても困るが、まったく表情が変わらないのもがっかりだ。
「ごめん。転んだとき、あそこ濡れてて…乾かしたいんだけど、いい?」
「乾かすって…、干すのか?」
「ううん。ドライヤー…ある?」
「ああ」
直人がドライヤーを持ってきた。
「足をこっちに伸ばして…」
直人は、裕子にドライヤーを手渡すと、床にぺたっと座り込んだ裕子の前に座って、裕子の足を少し前に引っ張った。
「あっ」
上体が後ろに倒れそうになって、裕子は両手を後ろについた。
(あっ、やだ。恥ずかしい)
立っているときは、けっこう裾が長かったシャツも、座るとそうでもない。
足を前に引かれ、上体をそらし、両腕を背中のほうにつくと、太ももが丸出しになっている。
もしかしたら正面に座っている直人には、股間も見えているかもしれない。
裕子は、すぐに身体を前かがみにして、シャツの裾を引っ張って股間を押さえた。
しかし、慌てていたのは裕子だけで、直人は平然と裕子の足首を持ってゆっくり動かした。
「痛いか?」
もう痛みはほとんどない。
「ううん。だいじょうぶ」
「そうか。骨はだいじょうぶみたいだ。軽い捻挫だろう」
直人は、ひんやりとする湿布を裕子の足首に当てるとテーピングで足首を固定した。
「明日、かなり腫れて、まだ痛みがあるようだったら、医者へ行け」
そう言うと直人は立ち上がった。
(それだけ…。ショーツも脱いでるのに…?)
自分が心臓が口から飛び出してしまいそうなほどどきどきしているのに、直人の態度はあまりにそっけなさ過ぎた。
「ありがとう」
裕子は、小さく礼を言って、スカートをドライヤーで乾かし始めた。
「コーヒー飲めるか?だめなら紅茶にするが…」
直人が訊いてきた。
「ああ。じゃぁ、紅茶」
(優しいのかも…)
裕子は、直人にとってただの困っている同級生の女でしかない。
(あせらない、あせらない。今からスタートよ)
「直人君、優しいんだね」
「別に、俺が飲みたくなったから、ついでだ」
直人が裕子の横にカップを置いた。
「あっ、そうそう。チョコ食べる?」
裕子は、四つんばいになって後ろにおいてあったバッグに手を伸ばした。
ほんの一瞬だが、直人にお尻が見えたはずだ。
「チョコって…」
「実はね、わたし、直人に渡そうと思って、あそこにいたの」
「俺に?」
「そう。あそこで直人を待ってたの。急に子供が飛び出してきて転んじゃったけど…」
「ふーん」
相変わらずそっけない返事だ。
「いっしょに食べよ…だめ?」
裕子は直人の顔を見上げた。
直人の携帯が鳴った。
「まぁ、いいけど…」
メールを確認しながら直人が、そう返事をすると、裕子は、立ち上がり直人の隣に座った。
足の痛みはもう完全になくなっていた。
絵梨の純真1-5
(えっ?)
直人の腕が、いきなり裕子の肩に回され、直人の顔が近づいてきた。
(何?突然…)
裕子は目を閉じた。
(ん?)
裕子は待ったが、直人が…来ない。
裕子は、再び目を開けた。
目の前に、直人の顔があった。
(何なの?いったい…)
「なによーっ。人の顔をじっと見て…」
裕子の顔が、みるみる真っ赤になる。
からかわれたことが恥ずかしく、悔しい。
裕子が直人から顔をそむけようとした瞬間、直人の唇が重なった。
サプライズ。
完全にペースを直人に持っていかれた。
直人は、裕子の上唇と下唇を交互に咥え、それから舌をからませてくる。
裕子は、直人の舌を受け入れた。
直人の手が、裕子のお尻に触れた。
上に持ち上がったシャツの裾から手を入れ、直人は裕子の太ももをぎゅっとつかんだ。
「あん…」
それほど痛いわけではないが、裕子は驚いて声をあげた。
「だめ…」
直人の唇が離れると、裕子が直人の手を押さえた。
「そう…」
直人は、驚くほどあっさり手を引っ込めた。
(あれ?そんなぁ…嘘よ、嘘)
直人は、テーブルに手を伸ばし、コーヒーを口にした。
(やめちゃうの?)
自分が知っている男子とは違う。
裕子は、なんて言っていいのか、言葉が思いつかないままただじっと直人の背中を見ていた。
5秒…10秒…
「ふぅーっ」
裕子が小さなため息を漏らしたとき、直人が立ち上がった。
(何?)
振り返った直人に見つめられて、裕子は涙が出そうだった。
直人の手が伸びる。
直人は裕子のシャツの裾に手を掛け、ぐっと上に引き上げた。
(どうするの?ボタンをはずさないの?)
裕子は、背中を浮かし、両手をあげ、脱がせやすくしたが、両肘のちょっと下、顔の真ん中まで引き上げると、直人はそこで止めた。
(なに、どうしたの?なんで、やめるの?)
直人は、裏返ったシャツの外に出ている裕子の唇を吸い、舌を差し入れてくる。
裕子は、両手の自由がきかない上に、目は、シャツに覆われて見えない。
直人は、そのまま、裕子のブラをはずした。
けっして大きくはないが、形のいい裕子の乳房がぷるんと揺れた。
(やだ…何?…恥かしい…)
乳房を見られるのは、初めてではない。
見られることに、それほどの恥かしさも感じない裕子だったが、今は違った。
何も見えず、直人が、自分のどこをどんな風に見ているのかもわからないこの格好は、ただただ恥ずかしかった。
「やだ、ねぇ…お願い、全部脱がして」
直人は、返事もせず、裕子を床にあおむけに寝かせると、すぐに後ろに回り、裕子の両足の間に自分の身体を入れ、裕子の太ももを、肩に乗せるようにする。
(ああああ、恥ずかしい)
こういう体勢でセックスをしたことはあるが、それはセックスの最中のことだ。
直人の舌が、裕子の割れ目に沿って、這いあがってくる。
「ああ、お願い。シャツを脱がして…」
裕子の願いは、また無視された。
直人は、今度は顔をぴったりと、裕子の秘部に押し付けてきた。
直人の舌が、裕子のクリをくるくると刺激する。
直人の鼻が、ときどき、裕子の中に入る。
直人の鼻は、裕子の愛液でぐちょぐちょに濡れた。
「ああ…あああああ…」
裕子は、もう言葉が出てこない。
下半身がジーンとする感覚に戸惑った。
初めてだった。
直人が、また裕子の顔のほうに移動する。
外に出ている裕子の口に、直人のものが当てられた。
裕子は、すぐに口を開けてそれを含んだ。
直人のものの先端を含んで、口の中でぐるっぐるっと舌を回転させる。
直人が少し深く挿入してきて、引くときに、裕子はそれを強く吸った。
「していいか?」
直人が裕子に聞いた。
「えっ…うん、いいよ」
こんなことを訊かれたのは初めてだ。
直人は、裕子のシャツを完全に脱がし裸にすると、裕子を立たせ、ベッドに連れて行った。
直人は、すぐに裕子の中に入ってきた。
裕子の足を大きく広げ、両腕を膝の下に入れそのまま、裕子の肩に手を掛けた。
裕子の膝は大きく持ち上げられ、お尻が浮き上がる。
裕子は、さっきと同じく秘部も、お尻の穴も丸出しの格好だったが、今度は不思議に恥かしいという感じはしなかった。
直人はゆっくり、深く挿入してくる。
激しい動きではないが、奥に当たる感触が、裕子には心地よかった。
ゆっくり、いったん奥にあて、それから、ぐっともう一回押し込まれる感じだ。
「うん…ううん…うううう…ああ…ああああ」
裕子の押し殺した声が低く響く。
少し、直人の動きが早くなった。
直人に揺すられながら、裕子のお尻がリズミカルに上下する。
「ああ・・ああ・・ああ・・あああ・・・」
直人は、裕子の足を放し、両手で裕子の腰骨を押さえると、裕子の下半身を固定して突き上げてきた。
今度は激しかった。
子宮の奥から湧き上がって、身体を這い上がってくるような感覚。
(ああ、いい。いっちゃう…)
「ああ、ん。あああ」
裕子の体が、小刻みに震えた。
裕子がいくのを待っていたかのように、直人は、裕子の胸の上に乗り、裕子の口に自分のものをあてた。
裕子は、口を開けて、それを受け入れると、強く唇で咥える。
直人は、裕子の口の中でそれを上下させた。
裕子は、自分の胸の上にある、直人のお尻を下から抱えた。
すぐに、直人の太腿とお尻に力が入るのがわかった。
次の瞬間、裕子の口の中に、直人のものが放出された。
放出しても、直人はすぐには、裕子の口から抜かず、そのままじっとしている。
裕子は、舌で、口の中の直人の物を舐め、苦く、舌先にぴりっと刺激のある直人のものを自分の唾液と一緒に飲み込んだ。
ごくっと裕子の咽が鳴った。
直人が、ようやく、裕子から離れた。