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知美の恋人2-1
第2章
1.本当に別れさせてくれますか?
辰夫に家に来るように言われた日。
佳美は、男の誘いを断った。
“今夜、少し遅くなるが先に行って待ってて”
“今夜は会えません”
“どうした?”
“娘が病気なので…”
“そうか”
短いメールのやりとり。
別れる決心はした。
まだ、それが言い出せない。
何度も別れようとしたが、できなかった。
今度こその思いはある。
だから中途半端に言い出せない。
佳美は、辰夫のマンションに行く前に一度家に帰ってシャワーを浴びた。
佳美の身体に残した文字を確認するということは、裸を見せるということだ。
太ももにも乳房にもまだ辰夫の文字が残っている。
佳美は、そのマジックの字が消えないように身体を洗った。
(わたし…ばか)
自分でもばかなことだと思う。
子どもの悪戯のようなものではないか。
(わたしのことなんて何も知らないくせに、勝手に踏み込んできて、“俺が別れさせてやる”なんてえらそうに…何様?)
そう思いながらもシャワーを文字に直接あてないように石鹸の泡をタオルで拭き取る。
自分の身体に残された辰夫という文字。
佳美は、それが嫌ではなかった。
佳美はずっと孤独だった。
夫には、捨てられた。
男には妻子がある。
誰も佳美を守ってくれはしない。
“俺が別れさせてやる”
辰夫の言葉は胸に響いた。
(ホントばか、バツイチ、子連れのおばさんのくせに…)
辰夫は娘の塾の先生。
会ったのは、わずか2回。
佳美は辰夫のことを何も知らない。
ただ、かなり自分よりも年下であることは間違いなかった。
(何悩んでるのよ。小娘の初デートじゃあるまいし…)
佳美は、悩んだ末、お尻が隠れるほど丈のあるゆったりとしたカシミアのパフスリーブのプルオーバーと膝丈のツィードのスカートを選んだ。
思っていることとやってることが違う。
わざとそのギャップを楽しんだ。
辰夫のマンションに来るのは二度目だが、正直、場所をはっきりとは覚えていない。
なんとかたどり着いたドアの前で、辰夫に電話した。
“佳美です。今、着きました”
“3階の302号室だから”
佳美の目の前のドアに302の表札がある。
“ドアの前にいます”
“ドアの前から電話してるの?”
“ごめんなさい。もし、間違ってたら困るんで”
“待ってて…”
ドアの向こうで物音がする。
鍵が開く。
ドアが開いた。
「入って」
辰夫の笑顔があった。
「コーヒー飲みますか?」
「はい。あっ、わたしがやります」
「あっ、いいの。座っててください。コーヒーはちょっとこだわりがあるので…」
佳美は、あらためて辰夫の部屋をじっくりと観察した。
圧倒的な量の本が目に付く。
「すごい本の量ですね」
「知美さんもよく本を読みますよね」
「ほとんどマンガです」
「僕もそうですよ。どうぞ」
辰夫はコーヒーをテーブルに置いた。
「このあいあだは、知美がご迷惑をかけました」
「こっちこそ、ひどいことをしました」
「えっ…あっ、いえ」
ひどいことに違いないのだが、佳美はどう対応していいのかわからない。
「先生」
「辰夫です」
「ごめんなさい。辰夫さん、ちょっと聞いていいですか?」
「どうぞ」
「おいくつなんですか?」
「26です」
佳美は38歳、ちょうど一回り若い。
「わたしと一回り違うんですね」
「佳美さんは、38歳ですか?」
「はい」
「年下はいやですか?」
(えっ…)
「からかわないでください」
「からかったりしませんよ」
「一回りも年上のおばさんですよ」
「一回りも年下の若造ですけど…」
「だって、ついこの間会ったばかりで、何も知らないのに…」
「これから知り合うんですよ」
「ごめんなさい。でも、どうしてわたしなんか…」
「佳美さん、きれいですよ」
面と向ってこんなことを言われたのは初めてだ。
どんな言葉を返していいのか佳美にはわからない。
「肌もきれいです」
裸を見られているのだ。
「恥ずかしいから…、言わないで」
「この前のことは、謝ります」
殴ったことを言っているのだろう。
「いえ…。でも、どうして、あんなことを?」
「ちょっと急いでたので…」
「何を?」
「別れさせたかったんですよ。なるべく早く」
佳美は、立ち上がって、スカートを下ろし、パンティーストッキングも脱いで辰夫の前で足を開き、太ももを見せた。
「本当に別れさせてくれますか?」
辰夫はうなずいた。
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