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晴美の就活1-6
「やった。ほらね」
1か月分のすべての範囲から出題した問題に健作はすべて正解した。
「すごーい」
晴美は素直に褒めた。
「…だろ?」
「…だね」
「約束だぜ」
「そうだね。しょうがないな」
「スタジオ予約するけど、いつがいい?」
「いつって言うか、時間のほうが問題」
「土曜日の午後は?午前中は、塾でテストなんだけど、午後は大丈夫だから…」
「土曜日かぁ…」
(空いてるけど…どうしよう。…でも、土曜日の塾のテストが大事だし)
「わかった。OKよ。でも、テストちゃんと頑張るのよ。もし、成績が下がったら、もう撮影はなしよ」
晴美は思いつくまましゃべってしまったが、健作は聞き逃さなかった。
「そう、じゃぁ成績が上がったら、また撮影させてくれる?」
「何それ、そんな約束してないわよ」
「いいじゃない」
(そうよね。単語テストよりも塾の試験のほうが大事だし…)
「わかったわ。じゃぁ、東大選抜コースで20番以内」
「バカ言うなって。そんなの無理に決まってるじゃん。英語の偏差値にしてよ」
「偏差値?」
「そう。…そうだね、54を越えるってのは?」
「60」
「だから無理だって、塾内のテストだよ。一般は入ってないんだから…」
「だってこの前のテスト偏差値53だったじゃない。54は甘いわよ」
「じゃぁ、真ん中で57ってのは?」
「58」
「わかったよ。じゃぁ、58。そのかわり、どんな格好でもNGはなしだよ」
「裸はだめよ」
晴美はつい思ったことが口に出た。
「そんなの撮らないって、裸ってどんなコスプレだよ」
健作にそう言われて、恥ずかしくてすぐに話題を変えた。
「でも、衣装、どうするの?持ってるの?」
「まさか、持ってるわけないだろ。レンタル」
「レンタル?」
「そう、そのスタジオにいっぱい置いてある」
「そうなの?」
「先生は、標準的なサイズっぽいから、問題ないよ」
健作の視線は晴美の胸の上だ。
「どこ見て言ってるのよ」
「えっ。小柄なのに、胸だけおっきいと服に困るだろ」
「悪かったわね。標準で…」
「標準だからよかったって言ってるんだろ」
「褒めてないわよ」
「褒めてないけど…」
「こいつ」
時間が来て健作の部屋を出ると、居間で美代子が待っていた。
「主人、帰りが遅くて、ごめんなさいね。今度までに話しとくから…」
「はい、お願いします」
「ねぇ」
「はい?」
「メイド喫茶って、テレビで見るようなあんなヨーロッパ風な衣装を着てたの?」
「えっ、ええ、まぁ」
「あれって、店のほうで用意してくれるの?」
「ええ」
「じゃぁ、あなたが持ってるわけじゃないのね」
「はい…どうかしましたか?」
「いえ、あなたかわいいから、きっとああいうの似合うんだろうなって思って…」
「似合ってたかどうかは…」
「好きなの、ああいう格好?」
「はい」
(うっ、まずいかも)
「まぁ、どちらかというとかわいい格好が好きなんですけど…」
「そう。それでアルバイトを?」
「はい、あんな格好、どこででもできるっていうもんでもないし…」
「そうよね。普段着られる服でもないわね」
「…です。まぁ、ああいうところででもないと絶対に無理ですから…」
「なんか、話してると、あなたのああいう格好が見てみたくなったわ。きっとかわいいんでしょうね」
「いえ、そんな…」
「写真とかお持ちじゃないの?」
「いえ、持ってません」
持ってはいるが、そうも言えない。
「そうなの。…でも、いいわね。若いから、年取ったら、絶対に出来ないわよ。あんな格好」
「そんなことないです。奥様…」
(奥様にメイド服って、ああ、どうしよう。ばか、わたしったら…)
「わたしでもだいじょうぶって?ありがとう」
(よかった。気を悪くはしてないようだわ)
「ねぇ、お昼暇なときってないの?」
「お昼…ですか?」
「そうよ。わたし、昼間はけっこうひとりの時間が長くて、よかったらいっしょにランチでもどうかと思って…」
「ありがとうございます。火曜日と木曜日以外でしたら、授業は無いので、だいじょうぶです」
「そう。じゃぁ、電話で誘っていいかしら?」
「はい。いつでも…」
「そうお、よかった。じゃぁ、電話させていただくわ」
「お願いします」
奥さんを味方にすること。
それも価値教師の鉄則らしい。
菜月にそう教わった。
自分に好意的な美代子の言葉に晴美は、来たときとは全く違う軽い気分でアパートに向った。
晴美の就活2-1
1.予想外
晴美は、初めてレンタルスタジオに入った。
広さは、カラオケボックス程度。
ただ、ちゃんと照明もあり、背後にはスクリーンもあった。
「で、何を着ればいいの?」
平静を装ったが、内心どきどきしながら晴美が訊いた。
「これ」
健作は、ビニル袋に入った衣装を取り出した。
「何、これ?」
晴美は、ナースとかセーラー服を想定していたが、取り出されたのは、迷彩色のズボンにダークグリーンのノースリーブのシャツ。
予想外だった。
「アメリカ陸軍の野戦服」
(ヤセンフク?)
「ブーツも?」
「もちろん」
軍用のブーツなんだろう、足首まで編み上げていくものだ。
ただ、ちょっとかっこいい。
「どこで着替えるの?」
「どこって…」
晴美は、しかたなく健作に背中を向けて、部屋の隅で着替え始めた。
まぁ、こういうこともあろうかと、2枚重ねの見せパンだ。
と言って、見せパンだろうと何だろうと、見る側にはただのパンティーには違いないのだが…。
実際、健作は着替えている最中の晴美には興味が無いのか、カメラの用意をしたり、照明を合わせたり、晴美のほうを見ているふうではなかった。
「大きいわよ、このブーツ」
晴美の足は22.5cmしかない。
2cmくらい余った。
「ねぇ、この紐どうするの?」
足が細すぎて、締め上げると紐がずいぶん余った。
健作は、紐を縛ると、さらにもう一回、ぐるっと回して残った紐をきれいに処理した。
いかにも手馴れた感じで、少し、大人びて見える。
「これでいいの?」
着替えた晴美が健作の前に立った。
「あっ、ごめん」
「何?」
「脇から赤いのが見えてる。悪いけど、ブラ、はずしてくれない」
(あっ、そうか…)
ちょっと見栄を張って、寄せてあげてのフルカップブラだったのだが、脇を締め付けるのでその部分の幅が広い。
大きく開いたシャツの脇から、それが見えていた。
「はずすの?」
「女兵士なんだよね。その色は、ちょっと似合わない」
色がまたワインレッドときている。
確かにそうだ。
戦場の兵士が寄せてあげてのワインレッドブラじゃサマにならない。
シャツの生地は厚く、ブラをはずすことは問題ない。
晴美は、すぐにブラをはずした。
「これでいい?」
「うん。いい感じ。じゃぁ、これ」
健作が差し出したのはサングラス。
「これつけるの?」
「顔、写っちゃうよ」
「ああ、そういうこと」
「それもあるし、目が兵士っぽく無いから…」
当然だ。
兵士の経験など無い。
「これ持って」
自動小銃。
「こんなものを貸してるの」
「俺のだよ」
(俺の?)
「服も?」
「ああ」
「ブーツも?」
健作はうなずいた。
服もブーツも健作のサイズではない。
(どういうこと?)
晴美は、あえてそれ以上は訊かなかった。
「そこに座って」
準備のできた晴美が、床にお尻をつけた。
「体操座りで、ちょっと足を開いて、銃は、銃床を下につけて」
「じゅうしょう?」
「肩に当てるほう、銃口を上にして、自分の肩にかけて…」
「違う。左の肩にかけるの」
「決まってるの?」
「右の肩にかけたら、すぐに撃てない。兵士の常識」
(なるほど…)
アルミのカップに缶コーヒーを開けて健作が差し出した。
「先生、タバコ吸う?」
「吸わないけど…」
「ふりだけしてくれる」
健作が、マルボロを出して、先を3センチほど折って短くしてから火をつけて晴美に渡した。
「タバコを指に挟んで、その手でカップを持ってコーヒー飲んで」
注文が細かい。
健作は、まじめな表情でシャッターを切っていく。
たかがサングラス一つだが、そのおかげで晴美は、まるで他人事のように自分を撮る健作を観察できた。
これほど何枚も写真を撮られたことはない。
(けっこういい気分)
晴美は、楽しくなっていた。
「立って。後ろの背嚢も背負って、銃を肩にかけて」
(背嚢?)
後ろに置かれてているのはリュックサックのようなものだが、太いベルトとセットになっている。
晴美は背嚢を担いでから腰のベルトを留めた。
晴美は銃についたベルトをバッグを肩にかけるようにかけた。
「違う。首を入れて斜めにかけて、銃口を下にして銃は背中に回すんだ」
「これも兵士の常識?」
「そう。肩にかけただけじゃ落ちるでしょ。かばんのように横にぶら下げたら、じゃまで走れない。銃口を上にして背中に回したら、構えるのに一度はずさないといけない。銃口が下なら右手で銃口をつかんで引き上げて左手に持ち替えて前に押し出したら、すぐに構えられる」
(戦争オタク?)
晴美は、たしか主人公が高校生の秘密組織の兵士だったアニメを思い出した。
晴美は言われたように銃を肩にかけて健作の方を向いた。
「これでいい?宗介?」
晴美はアニメの主人公の名前を呼んだ。
「先生、知ってんの?」
「けっこうファンだった」
話に夢中になった晴美は、背嚢の肩のベルトが乳房を左右から寄せ上げ、銃の肩紐が乳房の真ん中を通って、こんもりと乳房をうきだたせていることに気づかない。
「じゃぁ、先生。次は…エプロン…いい?」
(エプロン?)
健作は、メイドではなくエプロンと言った。
胸当てのついた子供のスカートという感じの服。
サングラスをはずした瞬間、晴美は急に胸がどきどきし始めた。
晴美の就活2-2
2.抜け目
「裸にエプロンってのはだめ?」
健作がいくつかカメラを並べながら訊いた。
「だめよ。そんなの…」
「でも、普通にエプロンじゃつまんないでしょ」
まぁ、普通にエプロンってのは、普通過ぎるとは思うが、といっていくらなんでも裸というわけにはいかない。
「水着ならいい?」
「どんな?」
健作が水着を取り出した。
ビキニだが、ごく普通の水着だ。
(別に、これなら…いいか)
「これなら、いいわよ」
「そう、じゃぁ、僕、ちょっとトイレ…」
そう言うと、すぐに健作は出て行った。
(なんか、…けっこういい子だわ)
さすがに水着に着替えるとなると、裸にならないといけない。
健作は気を利かせて外に出て行ったのだと晴美は思った。
“気が利く”という言葉と“抜け目無い”というのは別の言葉だ。
だが、それは賢さを何に使うかというだけの問題でしかない。
テーブルの上に無造作に置かれた3台のカメラのうち1台はビデオカメラだ。
しかもRECのランプがついているのだが、晴美はそれに気づかなかった。
健作が戻ってくるまでに着替えなければならない。
晴美は、急いで水着に着替え、エプロンを身につけた。
おかしな格好に違いない。
着替え終わった頃に健作がゆっくりとドアを開けたが、すぐには入ってこない。
「もう、着替えた?」
「うん」
健作は、ようやく中に入ってきて、さりげなくカメラの場所を変えながら、バッグの中から何かを取り出した。
「先生」
「何?」
「今度は、こっちのサングラスにしてくれる?」
健作は、薄いブラウンのサングラスを取り出した。
「いいの?サングラスして…」
「どういうこと?」
「エプロンにサングラスって変じゃない?」
「変だけど…」
健作は笑い出した。
「水着着てエプロンってのも相当変だから、いいんじゃない」
「そうね」
晴美もおかしくなって笑った。
晴美は、健作が取り出したサングラスをかけてみた。
さっきとちがって、顔が隠れてしまうわけではないが、それでもサングラスがあるのとないのとでは大違いだ。
どきどきしていた胸が少し落ち着いた。
今度は、健作はかなり寄ってきた。
胸元、太ももが中心で、上から下から晴美の体を舐めるように撮った。
「壁に手をついて、お尻を突き出して」
「いやだ。恥ずかしい」
「どんなポーズでもいいっていう約束だろ」
「わかったわ。でも、ちょっと待って」
恥ずかしいポーズだ。
晴美は、一度大きく深呼吸してから、壁に手をついてお尻を突き出した。
「先生、お尻の形がいい。なんかグラビアアイドルにでもなれそうって感じ」
「やめて。恥ずかしい」
そうは言ったが、褒められて悪い気はしない。
健作は、何度もシャッターを切る。
褒められたせいで、晴美はもうやめてと言えなくなっていた。
「ねぇ、最後に水着だけの写真撮っていい?」
ようやく、お尻から離れた健作が別のカメラに持ち替えながら晴美に言った。
「いいわよ」
むしろ、エプロンなどしていないほうが自然に違いない。
晴美はそう思った。
健作が手にしたのは赤外線カメラだが、カメラに詳しくない晴美にはそんなことわからない。
健作は、背中を向けて、晴美がエプロンを取るところから、シャッターを切り続けた。
「やだ。そんなに撮らないでよ」
そう言っているあいだにも、シャッターが切られる。
「どうしたらいいの?」
水着になってはみたが、どんなポーズをとればいいのかわからない。
「腕をおっぱいの下で組んで、谷間を作って…」
健作は、恥ずかしがるところもなく、晴美にポーズを要求してきた。
ふと、晴美は、健作の股間に目をやった。
(あれ?)
健作の股間は、普通だ。
膨らんではいない。
(わたしの水着姿って…そんなもんなのか)
晴美は、壁に立てかけてあった小銃を手にして、兵士のときと同じように体操座りをして足を開いて銃を肩にかけた。
さっきよりも足を開いた。
(どう?)
健作がカメラを持ち替え、立て続けにシャッターを切る。
晴美は、小銃を置いて、結局使わなかった拳銃を手に持った。
体操座りのまま、両肘を立てた両膝の上にのせて、拳銃を構えた。
狙いは、健作の股間。
晴美が見ている間に、健作のその部分が膨らみ始めた。
(やった)
晴美は嬉しくなった。
「ありがとう。先生。もういいや」
健作がカメラをしまい始めると、晴美は、健作がいるにもかかわらず、部屋の隅で健作に背中を向けて着替え始めた。
「トイレ行ってくる」
健作が慌てて部屋を出て行った。
(そうか…それでトイレなのか。なんだ、わたし、けっこういいんだ)
晴美は、健作がトイレに行った理由を勝手に想像して、そうだと決め付けた。
(わたしが着替えるから気を利かせただけじゃないのかもね)
晴美は、少しだけいい気分になった。
晴美の就活2-3
3.メイド
健作の勉強が終わって、部屋を出ると、居間で美代子が晴美を待っていた。
「晴美さん、ちょっといいかしら?主人が帰ってきてるので…」
(ああ、例の件だ)
晴美は少し緊張して、美代子の後について理事長の義男の書斎に向った。
「あなた、よろしいかしら?晴美さんに来てもらったわ」
「ああ、悪いね。遅いのに…。そこにかけて下さい」
義男は、机の上の書類を片付けて、晴美の前に座った。
「失礼します」
晴美が座ると、美代子が晴美に聞いた。
「コーヒーでいいかしら?」
「あっ、いえ、おかまいなく」
「ううん。主人がコーヒーなもんだから、それでいい?」
「あっ、はっ、はい」
晴美は、部屋を出て行く美代子に軽く頭を下げた。
「さっそくだけど…」
夜も遅いので、義男は、すぐに本題に入った。
「メイド喫茶でバイトしてるんだって?」
「はい、でも、もう辞めました」
「あっ、そう」
義男の顔はにこやかだ。
「別に風俗ってわけでもないし、うちの息子の家庭教師としてはなんら問題はないんだが…」
美代子がコーヒーを持って入ってきた。
「どうぞ」
美代子がコーヒーを並べる間、義男は話を中断した。
美代子が義男の横に並んで座ると、再び義男が口を開いた。
「うちの学校を希望していると聞いたんだが…?」
「は、はい」
晴美は、小さな声でうなずいた。
「わたし個人としてはそんなことをとやかく言いたくはないんだが、何しろ、うちはしつけには厳しい学校なので、まぁ、保護者にそういう話が広まるとちょっと具合が悪いのは確かだが…」
「そんなこと、晴美さん、口にしないでしょう?」
美代子が割り込んだ。
「はい、もちろん」
「君がそこでバイトをしていたことを知ってる人は?」
「友達は、何人か知ってますけど…」
「その友達の中に、付属校から上がった子はいないかね」
「いえ、たぶん、いないと思います」
「いや、家の学校の卒業生だと、弟や妹が在籍している可能性もあるし、クラブの先輩後輩とかっていうつながりもあるんでね」
(ああ、そういうことか…)
晴美は、友達の何人かを思い浮かべたが、その中に付属校からあがってきた子はいない。
ただ、その友達が誰か他の人に話している可能性もないわけではない。
友達の友達となると晴美にはわからない。
「でも、別にメイド喫茶って言っても、喫茶店のウエイトレスですわ」
「まぁ、それはそうだが…。テレビのドラマで見たことがあるが、実際にあんな感じなのかね?」
あんなと言われても、どんななのかわからない。
「メイドの衣装で、“ご主人様”とかって?」
美代子が具体的にした。
「はい」
いよいよ晴美の声が小さくなった。
「お客と会話をするのかね?」
「いえ、あまり…。中には話しかけてくるお客様もいらっしゃいましたけど…」
「付き合ってくれとかっていうのは?」
「それはないです。普通の喫茶店ですから、隣にまるまる聞こえます」
「ああ、それもそうだな」
「あなた、どこかのキャバクラのコスプレといっしょにしてるんじゃありません?」
すかさず美代子が茶化した。
「あはは、そうだな。わたしが思ってるのは、全く別もんだな」
「もう、晴美さんに怒られますよ。ねぇ晴美さん、失礼よねぇ」
「いえ、そんなことは…」
話がいっきになごんだ。
「まぁ、問題ないだろう。ただ、絶対に他言しないように。なんということもないことでも人の口を伝うととんでもない話に化けることもあるんでね」
晴美には、義男の言っていることの意味がよくわからない。
「世の中には、話を面白おかしく伝えたがるやつがけっこういる。メイド喫茶が、コスプレキャバクラに変わってしまうこともあるかもしれない。仮に、それを耳にした保護者が怒って来たとしよう。怒っている保護者に、違います。メイド喫茶ですと説明しても、そうなるともうメイド喫茶も風俗も同じだ。手がつけられなくなる」
(そういうことか…)
いったん怒り出した人は、メイド喫茶だといわれて、“ああそうでしたか、失礼しました”とおとなしく引き下がるはずがないことは晴美にも想像できる。
「まさか、ブログとか、そういったもので公開してたりししないよね」
義男が念を押した。
「はい」
再び晴美はかしこまった。
「でも、晴美さん、ああいう格好したら、きっとかわいいわね。似合うと思うわ」
美代子が、晴美の緊張をほぐすように話題を変えた。
「そうだな」
意外にも義男まで、話に乗った。
「実はね、ここだけの話よ」
美代子が小声で話しかけた。
「メイド服ね。わたしも持ってるのよ。もうずいぶん着たことはないけど、昔はよく着させられたの。この人、ああいう格好が大好き」
「おい」
義男が制したが、美代子は話を続ける。
「あなたくらい若ければ、もう一度、わたしもやってみたいわ。ああいう格好」
「奥様、大丈夫ですよ。似合いますよ、きっと」
「ありがとう。でも、だめ、もうとてもそんな勇気はないわ」
「そんなことはないだろ。まだ、まだ若い。着てみたらどうだ?」
「あなたまで、そんなことを…」
そう言いながらも美代子は楽しそうに笑っている。
「奥さん、本当に似合いますよ」
晴美は本心でそう言った。
事実、メイド喫茶には、30代後半の人妻も勤めている。
「そうかしら?」
美代子もその気になったようだ。
「晴美さん、じゃぁ、今度、服買いにいくのに付き合ってもらっていいかしら?」
「いいですよ。よろこんで…」
美代子は、にやついている義男のほうを見て言った。
「何ですか、その顔?」
「顔?どうかしたか?」
「どうせ、わたしよりも晴美さんを見たいんでしょ」
「ほう、そんな顔をしてたか?」
「してました」
「まぁ、そういう気持ちもないわけじゃないが…」
「もう、嫌な人。晴美さん、わたしだけじゃ恥ずかしいから、あなたもいっしょにメイドになってくださる?」
「えっ…わたしもですか?」
「そう、…だめかしら」
「いえ、そんなことは…」
「そう。よかった。じゃぁ、あなたの分もいっしょに買いに行きましょう」
「あっ、は、…はい」
意外なことになってしまったが、断れそうな状況ではなかった。
晴美の就活2-4
4.透撮
「井上さん」
午後の講義が終わったあと、廊下で呼び止められて晴美は振り返った。
(今西君?)
晴美は慎吾とは親しくはない。
話をしたこともない。
別に何かがあって嫌っているわけではないが、なぜか今まで一度も話す機会がなかった。
「ちょっと話…いいかな?」
「いいけど…、何?」
「健作から聞いたんだけど、英語教えてるんだって?」
「ええ。ふーん、じゃぁ、数学教えてるのはあなたなの?」
晴美は、健作が数学も家庭教師がついていると言っていたのを思い出した。
「ああ」
「で?」
晴美は、先を促した。
「お前、いったい何やってんだ?」
「何?どういうこと?」
慎吾が、携帯を晴美の目の前に差し出した。
(あっ、…これは)
表示されていたのは、晴美の写真だ。
この前、健作が撮った水着の写真のようだったが…。
「ちょっと待って。何、これ」
晴美は、驚いて向きを変え慎吾に並ぶように横に立って、携帯の画面を覗きこんだ。
水着のはずだったが、乳房も乳首も透けている。
「どういうこと?どうして…?」
晴美は混乱して支離滅裂だ。
「どういうことって、俺が聞きたいよ。お前、生徒と何やってんだよ」
「何って…」
答えようがない。
「単語テストで合格したから写真を撮らせたんだって?健作がそう言ってたけど」
「そうだけど、こんな写真、知らないわ。健作が何かしたのよ」
「合成じゃないよ。赤外線だ」
「赤外線?」
「赤外線をあてて撮影するんだよ。ものによっちゃ完全に透ける」
(そうか。それでカメラを取り替えて…)
「それより、どうしてあなたが持ってるの?それ消してよ。早く…」
相変わらず、画像は表示されたままで、決して鮮明な画像ではなかったが、自分の乳首をずっと見られているのは恥ずかしい。
「たまたま早く行ったら、あいつ、デジカメの画像を編集してる最中でな」
「で、あなたもコピーしたの?」
「ああ。全部」
「消して。全部消して」
晴美の声が大きくなった。
「大声、出すなよ。何事かって思われるだろ」
「お願い。消して…」
「お前さぁ。付属高校の教員、狙ってんだろ?健作は、在籍しているそこの生徒だぞ。わかってんのか?」
「だから、これは、健作が…」
「そういう問題じゃないだろ。二人きりで写真の撮影に応じたんだろ。赤外線はともかく、そうじゃなくても水着だろ、これ」
晴美は黙り込んだ。
慎吾の言うことが正論だ。
「それに、お前、着替えてるところもビデオに撮らしただろ」
(ビデオ?何、それ)
「何のこと?そんなことしないわ」
「お前が、着替えてるところを撮ったビデオもあったぞ」
「そんな、知らないわ、そんなの」
「撮られてるのを知らなかったのか?」
「知らないわ」
「じゃぁ、健作がこっそり撮ったのか?」
「だってわたし、背中を向けてたし…」
「一つ部屋で、健作に背中を向けただけで裸になって着替えたのか?」
「えっ…でも、そうだけど…、裸になんかなってないわ」
「なってたよ。水着からメイド服に着替えるとき、お尻、丸出しだったぞ」
「うそ。あのとき、健作はいなかったわ」
「そんなこと、俺に言ったって…。ただ、確かに写ってた」
「それも、コピーしたの?」
慎吾がうなずいた。
自分の裸を、目の前の話もしたことのない男に見られた。
「それって今、見られる?…見せて」
「家にある。俺のアパートに来れば見られるよけど…。今日、行くんだろ?直接、健作に見せてもらえば?」
「ううん。行く。あなたのアパートに行くから、そこで見せて」
健作はもちろん、晴美は慎吾が持っている自分の画像や映像も消去させたかった。
そんなものが公になったら、大変だ。
スキャンダルは禁物だと理事長に言われたばかりだ。
慎吾のアパートは、大学から歩いていける距離だった。
ロフトつきの8畳くらいのワンルーム。
男の一人暮らしとは思えないほどきれいに片付いていた。
「適当に座って」
慎吾は、そう言うと、パソコンを立ち上げた。
座っていては、パソコンの画像が見えない。
晴美は、慎吾の後ろに立って、ディスプレイを覗き込んだ。
「まず写真からな」
健作が撮った晴美の写真が、スライド形式で映し出された。
迷彩の野戦服に小銃。
自分が思った以上に体のラインがはっきりと出ていた。
(やだ。乳首の位置がわかっちゃう)
かなりの枚数が映し出された。
(すごい、こんなに撮ってたの?)
次はいよいよ水着の写真だ。
(あれっ…普通じゃない)
水着の上にエプロンをつけた写真。
どこも透けてはいない。
ただ、水着はエプロンにすべて隠れてしまって、裸にエプロンだけとなんら変わらない。
どこも見えているわけではなかったが、晴美は恥ずかしかった。
(あっ、だめ)
いきなりだった。
はっきりと乳房も乳首も写っている写真。
次も次も…
携帯で見るよりも画像が大きくなってはるかにわかりやすい。
乳房も乳首もお尻も前のヘアまで、完全に透けている。
いや、透けているというより裸に等しかった。
慎吾は、写真の本人の前で平然と写真を送っている。
「もういいわ。やめて」
晴美は、これ以上、自分の裸を見られることに耐えられなくなった。