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晴美の就活2-3
3.メイド
健作の勉強が終わって、部屋を出ると、居間で美代子が晴美を待っていた。
「晴美さん、ちょっといいかしら?主人が帰ってきてるので…」
(ああ、例の件だ)
晴美は少し緊張して、美代子の後について理事長の義男の書斎に向った。
「あなた、よろしいかしら?晴美さんに来てもらったわ」
「ああ、悪いね。遅いのに…。そこにかけて下さい」
義男は、机の上の書類を片付けて、晴美の前に座った。
「失礼します」
晴美が座ると、美代子が晴美に聞いた。
「コーヒーでいいかしら?」
「あっ、いえ、おかまいなく」
「ううん。主人がコーヒーなもんだから、それでいい?」
「あっ、はっ、はい」
晴美は、部屋を出て行く美代子に軽く頭を下げた。
「さっそくだけど…」
夜も遅いので、義男は、すぐに本題に入った。
「メイド喫茶でバイトしてるんだって?」
「はい、でも、もう辞めました」
「あっ、そう」
義男の顔はにこやかだ。
「別に風俗ってわけでもないし、うちの息子の家庭教師としてはなんら問題はないんだが…」
美代子がコーヒーを持って入ってきた。
「どうぞ」
美代子がコーヒーを並べる間、義男は話を中断した。
美代子が義男の横に並んで座ると、再び義男が口を開いた。
「うちの学校を希望していると聞いたんだが…?」
「は、はい」
晴美は、小さな声でうなずいた。
「わたし個人としてはそんなことをとやかく言いたくはないんだが、何しろ、うちはしつけには厳しい学校なので、まぁ、保護者にそういう話が広まるとちょっと具合が悪いのは確かだが…」
「そんなこと、晴美さん、口にしないでしょう?」
美代子が割り込んだ。
「はい、もちろん」
「君がそこでバイトをしていたことを知ってる人は?」
「友達は、何人か知ってますけど…」
「その友達の中に、付属校から上がった子はいないかね」
「いえ、たぶん、いないと思います」
「いや、家の学校の卒業生だと、弟や妹が在籍している可能性もあるし、クラブの先輩後輩とかっていうつながりもあるんでね」
(ああ、そういうことか…)
晴美は、友達の何人かを思い浮かべたが、その中に付属校からあがってきた子はいない。
ただ、その友達が誰か他の人に話している可能性もないわけではない。
友達の友達となると晴美にはわからない。
「でも、別にメイド喫茶って言っても、喫茶店のウエイトレスですわ」
「まぁ、それはそうだが…。テレビのドラマで見たことがあるが、実際にあんな感じなのかね?」
あんなと言われても、どんななのかわからない。
「メイドの衣装で、“ご主人様”とかって?」
美代子が具体的にした。
「はい」
いよいよ晴美の声が小さくなった。
「お客と会話をするのかね?」
「いえ、あまり…。中には話しかけてくるお客様もいらっしゃいましたけど…」
「付き合ってくれとかっていうのは?」
「それはないです。普通の喫茶店ですから、隣にまるまる聞こえます」
「ああ、それもそうだな」
「あなた、どこかのキャバクラのコスプレといっしょにしてるんじゃありません?」
すかさず美代子が茶化した。
「あはは、そうだな。わたしが思ってるのは、全く別もんだな」
「もう、晴美さんに怒られますよ。ねぇ晴美さん、失礼よねぇ」
「いえ、そんなことは…」
話がいっきになごんだ。
「まぁ、問題ないだろう。ただ、絶対に他言しないように。なんということもないことでも人の口を伝うととんでもない話に化けることもあるんでね」
晴美には、義男の言っていることの意味がよくわからない。
「世の中には、話を面白おかしく伝えたがるやつがけっこういる。メイド喫茶が、コスプレキャバクラに変わってしまうこともあるかもしれない。仮に、それを耳にした保護者が怒って来たとしよう。怒っている保護者に、違います。メイド喫茶ですと説明しても、そうなるともうメイド喫茶も風俗も同じだ。手がつけられなくなる」
(そういうことか…)
いったん怒り出した人は、メイド喫茶だといわれて、“ああそうでしたか、失礼しました”とおとなしく引き下がるはずがないことは晴美にも想像できる。
「まさか、ブログとか、そういったもので公開してたりししないよね」
義男が念を押した。
「はい」
再び晴美はかしこまった。
「でも、晴美さん、ああいう格好したら、きっとかわいいわね。似合うと思うわ」
美代子が、晴美の緊張をほぐすように話題を変えた。
「そうだな」
意外にも義男まで、話に乗った。
「実はね、ここだけの話よ」
美代子が小声で話しかけた。
「メイド服ね。わたしも持ってるのよ。もうずいぶん着たことはないけど、昔はよく着させられたの。この人、ああいう格好が大好き」
「おい」
義男が制したが、美代子は話を続ける。
「あなたくらい若ければ、もう一度、わたしもやってみたいわ。ああいう格好」
「奥様、大丈夫ですよ。似合いますよ、きっと」
「ありがとう。でも、だめ、もうとてもそんな勇気はないわ」
「そんなことはないだろ。まだ、まだ若い。着てみたらどうだ?」
「あなたまで、そんなことを…」
そう言いながらも美代子は楽しそうに笑っている。
「奥さん、本当に似合いますよ」
晴美は本心でそう言った。
事実、メイド喫茶には、30代後半の人妻も勤めている。
「そうかしら?」
美代子もその気になったようだ。
「晴美さん、じゃぁ、今度、服買いにいくのに付き合ってもらっていいかしら?」
「いいですよ。よろこんで…」
美代子は、にやついている義男のほうを見て言った。
「何ですか、その顔?」
「顔?どうかしたか?」
「どうせ、わたしよりも晴美さんを見たいんでしょ」
「ほう、そんな顔をしてたか?」
「してました」
「まぁ、そういう気持ちもないわけじゃないが…」
「もう、嫌な人。晴美さん、わたしだけじゃ恥ずかしいから、あなたもいっしょにメイドになってくださる?」
「えっ…わたしもですか?」
「そう、…だめかしら」
「いえ、そんなことは…」
「そう。よかった。じゃぁ、あなたの分もいっしょに買いに行きましょう」
「あっ、は、…はい」
意外なことになってしまったが、断れそうな状況ではなかった。
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