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晴美の就活1-4
4.単語テスト
「菜月(なつき)」
晴美は、言語学の講義が終わって教室を出ようとする菜月を呼び止めた。
「何?」
「ちょっと相談なんだけど…」
「何?また、カテキョーのこと?」
菜月も教員志望で、価値教師の他に塾でも教えている。
「そう。いい?」
「いいけど…、何?」
「単語を知らないのよ。どうしたらいいかわからなくて…」
健作は文法事項は強いのだが、長文になるとまったく意味が取れない。
ほとんど、一行ごとに単語の意味を晴美に聞いてきた。
「ただ、教えるだけじゃダメよ。覚えさせなきゃ…」
「そうなんだけど…。覚えてって言っても、なかなか覚えてくれなくて…」
「ばかね。生徒にお願いしてどうするのよ。もっと強気で、覚えろって…」
「でも…」
「何言ってんの。ガツンと行かなきゃ。生徒に気に入られても成績が上がんなきゃくびよ」
確かに菜月の言うとおりだ。
「やっぱ、テストかなぁ」
「そう。毎回、最初の5分でテスト」
「合格しなかったらどうするの?再テストするの?」
「あのさ、晴美」
菜月は、できの悪い生徒に言い聞かせるような口調で話し始めた。
「不合格っていうことは、やれと言った事をやらなかったっていうことでしょ」
「そうね」
「再テストして、まただめだったらどうするの?」
「どうしよう?」
「授業の時間つぶして単語覚えさせる?」
「そうしようかと思ってたんだけど…」
「じゃぁ、あなた、生徒に単語を覚えさせて、それを横で監督するつもりなの?そんなことしてるのが親に知れたらくびよ」
「そうか…そうだよね。わざわざ、家庭教師雇って単語の勉強じゃね」
「テストをするなら、生徒が絶対に合格するようにしむけるの」
「どうやって?」
「生徒さん、男の子なんでしょ」
「そうだけど…」
「じゃぁ、こうしたら…」
菜月は、晴美の耳元に口を寄せて小声で囁いた。
「そんなぁ。うそ?菜月そんなことしてんの?」
「できなかった生徒を残すの。晴美、立ってみて…」
晴美は言われたとおり、席に座った菜月の横に立った。
「もうちょっと後ろから、机の上のこの紙を覗き込んで…」
座った夏樹の少し後ろに立って、机の上の紙を覗き込むと、菜月の胸元が覗ける。
「谷間が見えるわよ」
「見せるのよ」
「でも、それじゃ、みんな不合格を取っちゃうじゃない」
「そうよ。最初はね。でも、何回も不合格してると、おっぱいを覗きたくてわざと不合格になってると思われる」
「そうね」
「そうすると、みんな他の子に悟られないように、不合格が連続しないように勉強するわ。絶対に覚えさせたいことをテストする日は、胸元が覗けないような服を着ていくのよ。そしたらその日は全員合格」
「考えてるんだね」
「当たり前でしょ」
(当たり前か…)
晴美は、昨日の菜月の当然でしょといった表情を思い浮かべていた。
「先生」
「何?」
「これ、どういう意味?」
健作は、また単語の意味を聞いてきた。
「健作」
「ん?」
「はっきり言って、単語覚えないとダメでしょ」
健作の顔がにわかに曇った。
本人もそれはわかってはいるのだ。
「そうなんだけどね…」
健作は、器用に指先でペンをくるくる回転させながら晴美のほうを見た。
「1行に2つも3つも単語がわからないんじゃ、長文読解は難しいわね」
単語を知っていても文章自体が難解な内容で理解するのに一苦労なのだ。
「単語のテストしようか?」
「いやですよ。数学もやらなきゃなんないし…」
確かにそうだ。
数学は圧倒的に時間が掛かる。
それは晴美にもわからないではないが、だからと言って、英語より数学が大事とも言えない。
晴美だって就職がかかっている。
英語の10点も数学の10点も同じだ。
「健作」
健作は晴美のほうを見た。
「ここだけの話、誰にも言っちゃだめだよ」
晴美は、健作の耳元に口を近づけた。
「わたし、メイド喫茶でバイトしてたの」
「へぇ」
健作がわざわざ晴美の顔を覗きこんだ。
「見たい?」
「何を?」
「コスプレ」
「見れるの?」
晴美は携帯を取り出し、自分のメイド服姿の写真を見せた。
「へぇ、本当だ」
「かわいいでしょ」
「それを自分で言うか?」
「まぁ、まぁ」
健作はじっと穴が開くほどその画像を見ている。
「欲しい?」
「この写真をってこと?」
「他にもあるけど…」
「なるほどね。そういうことか」
「何が?」
「もしかして、単語のテストで合格したらとかって言うんじゃない?」
見透かされた。
「ばれた?」
「ばればれ」
「だめ?」
「断ったら失礼だよね」
「何よ。その言い方。断ってもいいわよ」
「うそ。わかった。やるよ。でもさ…」
「何?」
「例えばさ、2回連続とか3連続とかって合格したら、ポーズとか、コスチュームとか、僕の希望を聞いてくれる?」
「いいけど、わたしができることならね」
「そんなのだめだよ。そっちは出題するわけだから、いくらでも難しくできるじゃないか。それ相応の見返りがないとなぁ」
(そうか。やばくなったら、めっちゃ難しくすればいいんだ。なるほど)
「わかったわ。じゃぁ、そうね。じゃぁ、授業は、ひと月8回だから、8回が区切りでどう?」
「いいよ」
「8回連続合格したら、健作の希望のコスプレ画像をプレゼントするってのでいい?」
「僕が撮っていい?」
「健作が?」
「だって、どんなポーズかって口で伝えるの大変じゃん」
「そりゃそうだけど、でも、どこで撮るの?まさか、ここ?」
「まさか。レンタルスタジオだよ」
「そんなのあるの?」
「ああ」
「わかった。じゃぁ、そこで…」
「じゃぁ、これ。予備校で買わされた単語の本なんだけど…。」
健作は全く折り目のついていない単語のテキストを晴美に渡した。
(ぜんぜんやってないじゃない)
「範囲は先生が決めてよ」
「いいわ。じゃぁ、動詞からね。毎回4ページずつ。いい?」
「いいよ」
健作は単語のテキストを2冊持っていた。
もう1冊は、カバンの中。
あまりにぼろぼろになったので新しいのを買ったばかりだった。
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