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晴美の就活1-2
2.健作
「はじめまして。西崎先生から家庭教師を依頼された井上晴美と申します」
玄関で晴美は深々と頭を下げた。
「どうぞ、お上がりください。わたし、健作の母で美代子といいます。」
高校生の子供がいるとは思えない若々しい女性だ。
晴美は、居間に通された。
「今まで教えてくださってた先生が、急に都合が悪くなって先週いっぱいで辞めてしまったもので、急な話でご迷惑じゃなったかしら?」
「いえ、そんなことは…」
「西崎先生からお聞きしたんですが、英語の先生を目指してらっしゃるとか…」
「はい。まぁ、できれば…ですけど」
「うちの主人は明星大付属の理事長ですので、もし、うちの学校の採用試験を受験なさるおつもりがあるんでしたら、早めにおっしゃってくださいね」
「はい。ありがとうございます」
別に、何か便宜を図ると言われたわけではないが、晴美は礼を言った。
「じゃぁ、さっそくですが、健作の勉強見てやっていただけますか?教材はこれです」
美代子が差し出したのは、某予備校のテキストだ。
「健作。家庭教師の先生がみえたわ。入るわよ」
晴美は、美代子の後から健作の部屋に入った。
健作は、晴美を見ると立ち上がっておじぎをした。
高1の男の子にしては、ちょっと小柄か?
やせぎみで、おとなしそうな感じだ。
「じゃぁ、お願いしますね」
美代子が出て行った。
「井上晴美です。よろしく」
晴美も挨拶をした。
家庭教師の経験の無い晴美は、家庭教師をやっている友人にどうしたらいいのか訊いてきた。
とりあえず、生徒と打ちとけることが先決なのだそうだ。
(まずは、コミニケーション)
「座って」
晴美は相変わらず立ったままの健作を座らせ、自分も用意されたあった椅子に座った。
「テキストもらったけど、これをやっていくの?」
健作はうなずいた。
見れば、机の上にすでにそのテキストが開かれている。
「これって、○○予備校のテキストでしょ」
「そこに通ってるんだ」
「予備校にも行ってるの?」
健作はうなずいた。
「じゃぁ、予備校の授業のための家庭教師ってこと?」
「学校の授業じゃ力がつかないからって…」
(自分の学校でしょうに…ひどいわね)
「ふーん。大変ねぇ。予備校は、週に何回通ってるの?」
「2回」
晴美は、家庭教師を週に2回依頼されている。
「数学も来てもらってる」
「数学の家庭教師もいるの?」
健作はうなずいた。
「それも2回?」
健作は、またうなずいた。
「じゃぁ、家庭教師と予備校で週に6日?」
健作は、面倒くさそうに机の上のテキストに目をやった。
(余計なお世話ってことか…)
晴美は、授業に入ることにした。
「どこからやるの?」
「比較」
ぶっきらぼうな返事だ。
ひととおり比較の文を説明したが、健作はすでに知っていた。
中学で教わっている文法事項だし当然といえば当然だが、成績が悪いという感じは受けない。
「ねぇ、訊いていい?」
健作が顔を上げた。
「成績があまりよくない的に言われたんだけど、それって何の成績?学校の成績のこと?予備校の成績のこと?」
「予備校。学校はそんなに悪くない。クラスで5番くらい」
(予備校の成績を上げろっての。ここの予備校の?)
健作が通う予備校は、難関大学の合格者数でトップランクの予備校だ。
(うーわぁ、そんなの無理でしょ)
晴美は危うく、それを声に出すところだった。
健作は、黙って問題を解いていく。
高1のテキストでありながら、すべての問題に何年、どこそこ大学のクレジットが入っている。
晴美も、問題を見ていく。
早くも4問目で答えがわからない。
答えを見る。
(へぇ、そうなんだ)
感心している場合でもなかった。
健作よりも先に問題を解き、わからないところは解説を読まなければならない。
健作は一問も間違えずに解いたが、晴美は15問の問題のうち4問答えを見た。
(こりゃ、大変だわ)
自分よりも優秀かもしれない生徒の成績を上げなければならないのだ。
しかも、その結果が自分の就職を左右する。
(まいったな)
ふと、机の横のストッカーにゲームのCDが置かれているのが目に付いた。
「あっ、三国志」
晴美が数年前にしばらくはまっていたゲームだ。
「見ていい?」
健作がうなずいたので、晴美はそれを手に取った。
「これ、やってるの?」
「うん。たまに…」
「三国志、好き?」
「けっこう…」
「誰のファン?」
「曹操」
「曹操かぁ」
「先生もやるの?」
「ええ。昔、はまってた」
「先生は、誰のファン?」
「やっぱ、孔明でしょ」
「孔明か」
健作が、笑った。
(いけるかも…)
晴美は、健作とうまくやっていけそうな気がした。
「ごめん、さぁ、問題の続きやろうか」
晴美は持っていた三国志のゲームを元に戻したが、すばやく他のゲームCDにも目をやった。
(何だぁ、これ?)
乙女チックなカバーが目に付いた。
“THE メイド服と機関銃”
晴美はしっかりとそのタイトルを記憶した。
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