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りんの挑戦2-1
第2章
1.派遣先
次の日、りんは、自分の派遣先の会社の担当者に簡単な仕事の内容をきいた。
仕事自体は、特にどうということはない。
ただのデータチェックなのだが、どうも企業秘密事項のようで、何枚かの誓約書にサインをさせられた。
煩わしい手続きの後、担当者から勤務先のデータセンターの地図を受け取り、場所の説明を聞いて驚いた。
(そこって・・・・・)
昨夜、祐二に呼ばれたマンションの向かいのビル。
男がずっと覗いていたビル。
そこが、りんの新しい派遣先だった。
祐二のいるマンションの前を横切って、データセンターに入ったりんは、用意されていたIDカードを受け取り、オフィスに案内された。
7階のカスタマーサポートという部署がりんの配属先である。
20名くらいのオペレーターが、それぞれのブースで端末に向っていた。
ブースは、それぞれ150cmくらいのパーティションで仕切られている。
その部屋を通り過ぎ、さらに奥の部屋が女性用の更衣室。
りんも、制服を支給されるらしい。
仕事の説明を受けた時に服のサイズを聞かれた。
入ると、間仕切りでドアが開いても中を覗けないようにしてある更衣室。
「ここで、制服に着替えてください。オフィスには、何一つ私物を持ち込まないようにしてください。私物は、すべてここのロッカーに入れて、部屋の中には持ち込まないように・・・。携帯は絶対にだめです」
人事部の黒川という女性が、抑揚のない声で、りんに事務的に伝える。
りんは、言われたとおり、全ての持ち物をロッカーにしまって鍵をかけた。
「聞いていると思いますが、作業指示は、すべて端末で行われますから、とりあえず自分のデスクで、端末を起動してください」
黒川は、そう言うと、りんをデスクへと案内した。
パーティションで区切られたブースは、横を通らない限り、そこにいる人を見ることはできない。
しかも、りん達が横を通っても、だれもりんのほうを見ない。
(なるほど・・・・)
この部署は、全員派遣社員だと聞かされている。
(誰が来ようと無関心ってことね)
りんはそれでもよかった。
りんは、あまり社交的ではないというか好き嫌いがはっきりしている。
上司や会社の批判ばかりしている男性社員は、はっきり嫌いだ。
給湯室での、「ねぇ、見た?○○課長・・・昨日と同じ服よ」「A子もね・・・」みたいな女性の会話は、するのはもちろん聞くのもいやだ。
りんが短期の派遣の仕事を嫌がらないのは、人間関係を作らなくてもいいからでもあった。
「ここよ」
黒川は、そう言うと、すぐにいなくなった。
(ここ・・・?)
窓際の席・・・りんは、すぐに窓に近寄った。
隣は、昨日のマンション。
ちょっと見上げたところが、たぶん昨夜、自分が呼ばれた8階。
(・・・ここだわ・・・)
りんが通された部屋は、昨夜、誰かがりんを覗いていたまさにその部屋だった。
窓から少し離れた位置にデスクとその上にパソコン。
(ここにいたんだ・・・わたしが、今日から使うから・・・準備をしてたのかしら?・・・・・)
暗いし、遠くて、表情ははっきりとはわからなかったが、昨日、男がこのデスクにすわり、自分を覗いていたのはたぶん、間違いない。
(どんな人だろう・・・・でも、もし、わたしって、わかったら・・・・)
りんは、少し不安になったが、相手がわからないのだ、どうなるものでもない。
りんは、指示されていたとおり、デスク上のパソコンに自分のIDを入力した。
パソコンと言うよりは、ただの端末機なのだろう。
外部記憶装置のスロットはない。
りんは、早速端末を起動させた。
今日は、実際の業務ではなく、慣れるためのテスト業務だと言われている。
立ち上げると、作業の指示が表示された。
と同時にデスクの横の受信専用と書かれた電話がなった。
どうやら、電話サポートを受けながら、作業を教わるようだ。
(なんか・・・無人契約機みたい・・・・)
電話の男は、風間幸一と名乗った。
「さっそくですが、画面右下のSTARTをクリックしてください」
画面に、日付の入った番号がずらっと並んだ。
「プレスブログってわかりますか?企業が自社商品の紹介記事を書いてもらうっていう、まぁ、ブログを使った記事広告なんですが、その記事チェックというのがここの主たる業務なんですけど・・・・、画面の番号をクリックすれば、記事に移動します」
一番上の番号をクリックしてみた。
確かに、ブログの記事へと移動する。
多くの企業が、自社商品のPR記事を一般のブロガーに依頼している。
そのオーダーに対し、記事を書いてくれれば、一件いくらという原稿料を支払うシステムだ。
当然ながら、一般ブロガーから申請のあがった、ブログの記事をチェックしなければならない。
不当な記事は、原稿料を払わないだけでなく、ひどい場合は、不当な部分の記事削除を依頼しなければならない。
こういう不当なものをチェックするほかに、有効なものは最大限に活用する。
商品ページへの誘導の多い記事を分析して、今後に活かさなければならない。
りんの仕事は、マニュアルに従って、不当だと思われるものをチェックして担当部署に送ること。
さらに、データ分析会社に基礎データを抽出処理して送ること。
こういう口コミPR形式の販促活動は、けっこう多いが、相手が特に有効な人気ブロガーの場合、一般のブロガーとは違った料金体系であることは言うまでもないが、それは超極秘事項でもある。
お金を受け取ったPR記事だとばれた場合、逆に大きなマイナス要因になりかねない。
りんには、画面上の整理番号だけで、そのブログのURLはわからない。
ただし、記事の中には、それを知る手がかりはいくらでもあるので、私物の持込が禁止され、業務上知り得た情報を口外しないことを誓約させられたのだ。
とはいえ、いくらURLを隠し、さらにデータの持ち出しが出来ないように管理されていても、人間の脳だってじゅうぶんに記憶装置なのである。生の記事を直接目にするりんは、それを推測することも、その記事を検索することもできないわけではない。
「ああ、それから、あなたにはちょっと違った仕事も入ります。デスクの引き出しに冊子が入ってるんですけど、ちょっとそれを見てください」
引き出しの中にクリアファイルが2つ入っていた。
「それは、あるSNSの投稿規定です。ここは、アダルトは禁止。アダルトなサイトへの誘導も禁止です。そこのブログを巡回して、規定違反がないかどうかをチェックするのもあなたの仕事です。違反例というところをクリックすれば、過去削除になったブログの記事を見られます。とりあえず、規定と違反例をよく見てください。そっちの仕事は、たぶん、明後日くらいから入ります。・・・・・それから公にはできないので、そこには書かれてはいませんが、内部事情を公開している記事もチェックです」
「内部事情?」
「ええ、例えば、こういうチェックを他の会社に出しているとか、作業をしているのが派遣社員だとか・・・。仮にその記事を書いた方が、実際にそういう仕事をしていた人であった場合、それも業務上知り得た情報ですので、公開はできません。・・・・と、先方は言ってました」
「都合が悪い記事は削除っていうことですか?」
「さぁ、どうでしょう?」
風間は言葉を濁した。
「何か、質問は?」
「いえ、別に・・・・」
「作業中にわからないことがあったら、問い合わせっていうところをクリックしてください。こっちから電話をかけます。では・・・・」
「はい」
風間は、電話を切った。
りんは、ふと疑問がわいた。
(でも・・・・どうして、わたしに・・・・・)
りんは、オペレーターの職歴はない。
それに・・・こういう仕事は、信用できる人とかっている条件がついているんじゃないだろうか?
(調べたのかな?わたしのこと・・・・まぁ、いいか・・・もう、ここにいるんだし・・・・)
りんは、考えるのをやめた。
どんどん送られてくる記事データに、他のことを考えている余裕がなくなった。
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