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絵梨の純真1-2
「絵梨」
放課後、昨日と全く同じタイミングで裕子がやってきた。
「何?」
「今日も、まだいるの?」
何かひっかかる言い方だ。
「えっ?うっ…うん。でも、もうすぐ帰るけど…」
“いったい、毎日何をしているのか”と訊かれないようにあいまいに答えた。
「もう、少しいるでしょ?」
「えっ?まぁ、…何なの?」
「もうすぐ補習終わるでしょ…」
「補習?」
裕子が、直人のクラスのことを言っているのはわかっていたが、絵梨はわざととぼけた。
「直人のクラスよ」
「ふーん…で?」
「直人がさ、校門を出たら、メールくれないかな?」
「裕子に?」
裕子がうなずいた。
「何て?」
「“出た”って」
(お化けかい?)
絵梨は思わずつっこみたくなったが、ぐっとこらえた。
「校門出たらって…、じゃぁ、わたしここでずっと校門見てなきゃいけないの?」
「お願い。後10分くらいで終わるから…」
「いいけど…」
「じゃぁ、お願いね。それじゃ」
言いたいことだけ言って裕子はそそくさと出て行った。
絵梨は、窓から裕子が校門を出て行くのを眺めた。
昨日と同じだ。
(そういうことね)
昨日、裕子が、なんでこんな時間まで学校にいたのか、その理由がわかった。
今日は、2月14日。
バレンタインだ。
裕子はきっと、直人の帰り道に、どこかで渡す気なんだ。
昨日は、そのリハーサルだったに違いない。
きっとどこかで直人が通るのを待っていたんだ。
昨日と同じように絵梨は帰り支度を始めた。
参考書をしまうカバンの中に、赤い包装紙の小さな包みがあった。
昨日作ったチョコクッキー。
絵梨もまたそれを帰り道にどこかで渡すつもりだった。
でも、どうやらそれは無理みたいだ。
渡せなくなったチョコクッキー。
「ふーっ」
絵梨は大きなため息をついた。
渡せないだけなら、もともと渡せないだろうと思いつつ作ったものだ。
どうということもない。
ただ、わざわざ帰り道で待ち伏せしてまでプレゼントを渡そうとする裕子を見て、ショックは大きかった。
直人の帰りを待つのは、少なからず楽しみではあったのだが、今日は違う。
重い気分で絵梨は、教室を出た。
下駄箱の前には、すでに直人のクラスの生徒がいた。
(あれ?早い)
わずか1分か2分のことだが、いつもより早い。
直人の下駄箱には、まだ靴があった。
(よかった。まだ、帰ってない)
いつものように絵梨はゆっくりと靴を履き替え、外に出る。
校門までは、100mくらい。
絵梨は、後ろから近づく足音に耳を澄ました。
(違う…違う…違う…、遅いわ)
絵梨は、立ち止まって振り返った。
校舎の出口に直人はいた。
直人の前に女子が二人。
直人の帰りを待っていた女子は他にもいたのだ。
直人が校門に向って来た。
絵梨は、携帯を取り出し、裕子にメールを入れた。
いつもの足音が近づいてきて追い越していった。
そしてすぐに直人の姿が絵梨の視界から消えた。
(ばか…絵梨の軟弱者)
子供の頃から何度も自分をののしって来たせりふだ。
(あれ?)
コンビニの前を通った絵梨は、自販機の横に直人が立っているのを見つけた。
直人は通りに背を向け電話をしていた。
周りには絵梨の学校の生徒は見当たらない。
裕子の待ち伏せ場所もここではなかったようだ。
直人との距離がどんどん近づいてくる。
(神様!)
絵梨は、何度も周りを確認する。
(誰もいない。チャンスだわ。ああ、でも…)
心臓が、すごい勢いで鼓動し始めた。
直人との距離がさらに近づき、身体を流れる血液の音まで耳に入ってきそうなほどだ。
(よし。…わたしが通りすぎる直前に直人の電話が終わったら…わたす)
そんな偶然などありえない。
渡さなくてもいい状況を自分で設定したおかげで、息苦しさは少し和らいだ。
(後、10m…後、8m…、5m、3m…えっ?)
あろうことか、直人が、携帯を折りたたんでポケットにしまった。
歩道に出てきた直人。
(ああ、どうしよう…声をかけないと…、えっ、でも、なんて言えばいいの?)
絵梨は、直人の前で立ちすくんだ。
「どうかした?」
直人の方から声をかけてきた。
「い…いえっ…」
直人が不思議そうな顔で絵梨を見る。
(言わなきゃ…言わなきゃ…)
心臓が口から飛び出しそうだ。
「あ…あ、あのぅ…」
「何?」
絵梨は、カバンの中から赤い小さな包みを取り出した。
「これ、もらってください」
「えっ?…俺に?」
直人はあきらかに驚いた表情だ。
無理もない。
偶然、会った女子からのプレゼントだ。
絵梨の差し出した包みを受け取ると、直人は周りを気にしてそfれをすぐにしまった。
「あのさ」
「はぁ?」
「名前とか訊いていい?」
ゆっくりと歩き出した直人を追うように絵梨も歩いた。
「早川絵梨」
「何年生?」
がっかりするような質問だが、直人にとっては、まったくの初対面なのだ、仕方がない。
「1年B組」
「ふーん」
絵梨は、周りが気になった。
裕子がどこかにいるはずなのだ。
直人といっしょに歩いているところを見られるわけにはいかない。
「後で、メールしていい?俺、ちょっと急ぐんで…」
「いいです…あっ、じゃぁ、今、メール送ります」
「知ってんの。俺のメアド?」
「すいません」
「いやぁ、謝らなくてもいいけど…」
「送っていいですか?」
「うん。いいよ」
絵梨は、自分の携帯番号を入力してメールで送った。
しばらくして、直人の携帯に着信音があった。
「じゃぁ。また」
直人は、すぐにいつものペースで歩き出した。
一度も振り返らず、すぐに直人の姿は見えなくなった。