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亜希の反抗2-1
第2章
1.台風
「あの時帰っとけばよかった」
大型の台風が近づいてきているのは知っていたが、こんなに早く雨が降り出すとは、思っていなかった。
亜希は、期末テストの採点で学校に残っていた。
同僚の教師が、ちょっと、雲行きあやしいですよと声をかけてくれたときにいっしょに帰っていれば…と後悔しているのだった。
今、学校に残っているのは、校長と他に数人の教師。
彼らは大型の台風に備えて泊まりこむ予定だ。
送って欲しいとはいえない。
校長にはなおさら言いたくない。
「でも、どうしよう…傘はあるけど…」
雨だけなら問題はないが、風が強くなり始めている。
たぶん、もう傘は役に立たない。
というより、逆に傘はじゃまになる。
こうして、ためらっている間にも風の音はどんどん強くなっている。
「しょうがない。帰る!」
自分に言い聞かすように呟くと、亜希は、傘を持って雨の中に出て行った。
亜希のマンションは、学校から歩いて20分はかかる。
普段ならバスを使うのだが、亜希のマンションから最寄のバス停まで徒歩で7~8分。
どうしようかと迷いながら学校前のバス停に着いたが、既にもう腰から下はずぶぬれの状態だ。
しかも、学校前のバス停には屋根がない。
(こんなに濡れてたんじゃ、バスは無理ね)
亜希は、バスを諦め、歩いて帰ることにした。
(ああ、さいてー。なんでこんなに遠いのよ)
歩き始めて、ものの2~3分で、もう上から下までずぶ濡れだ。
さらに風は強まり、10分も歩くと、急激に寒さを感じるようになった。
こんな時に限って、信号はことごとく赤だ。
亜希が横断歩道の信号待ちをしていたら、不意に後ろから声をかけられた。
「何やってんの先生、ずぶ濡れだよ」
そう言う俊哉も、亜希と同様、ずぶ濡れだ。
「工藤君。…あなただってずぶ濡れでしょ」
「はは、たしかに…」
信号が変わって、二人は歩き出した。
通りを渡ると…
「先生、うち、ここだから、ちょっとよっていきなよ。その格好じゃ風邪引くよ」
見上げれば、工藤写真館の看板が見えた。
「でも、私のマンションもすぐ近くだから…」
「うそつけ。俺、先生のマンション知ってるよ。本屋の近くだろ。俺でも10分以上かかるよ。それにこの風じゃ、先生歩けないだろ」
確かに今でもかなりの前傾姿勢でないと歩けない。もっと風が強くなったら…
「…いいから、入んなって」
俊哉は、亜希の背中に手をやり、ビルの中へと押し込んだ。
写真館は、既にシャッターが下ろされ、台風のため休業の張り紙が貼ってあった。
「ちょっと、ここで待ってて」
俊哉は、そう言うと通路の奥の扉を開けて、写真館の中に入ったが、また、すぐに出てきた。
「どうしたの?」
「親父…帰ってたよ」
「…どういうこと?」
「ああ。台風だから、もしかしたら俺を待っててくれるかなって思ったんだけど、薄情な奴。一人で帰っちゃったよ」
「えっ、じゃぁ、あなたどうするの?」
「上に、俺の部屋があるんで…。俺、ここに住んでるから…。それより、先生、そのままじゃ風邪引くよ。とりあえず、服乾かして、それからタクシー呼ぶなりなんなり考えよう。ごめん、上に来て」
俊哉は、亜希をエレベーターに乗せた。
部屋にはいると、俊哉は亜希を入り口に待たせ、大きなバスタオルを持って出てきた。
それを亜希に手渡しながら、
「先生、その突き当りがバスルームだから、そこで、シャワーでも浴びてて。その間に、なんか着るもの探すから」
「工藤君が先に…」
「俺は、どこででも着替えられるけど、先生はそうはいかないだろ、早く。風邪引くって…」
「そう…じゃぁ、ごめんね」
そう言って、亜希は、靴を脱ぎ、バスルームへ向かった。
上から下までずぶ濡れで、歩いた後には、床にしっかりと足跡が残っている。
亜希が、シャワーを浴びていると、脱衣場の扉の開く音がした。
「先生、着るもの置いとくから…」
「ごめん、本当にありがとう」
「俺のだから、でかいけど…」
「いいわ、なんでも。ありがとう」
脱衣場の扉が閉まるのを確認して、亜希はバスルームを出た。
そこに置かれていたのは、ラグビーのジャージとスウェットの下だった。
(そうよね。下着は無いわよね…どうしよう)
亜希は、濡れた身体を念入りに拭いてラグビージャージに袖を通した。
小柄な亜希の身長は153cm、俊哉は、177cm。ジャージは、ほとんど亜希の膝まで達した。
(これだけでいいか)
下着なしで、スウェットを直接身につけるのをためらったというより、それはあきらかに大きすぎた。
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