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沙希の悪戯2-3
3.奉仕する男
持って帰って来た資料を整理していた久保は、振り向きもしない。
「社長は、今日から出張ですよね」
優作はわざと久保の背後に立って声をかけた。
今日から3日、静流は本部長といっしょに視察という名目の旅行に出る。
「はい」
久保は振り返ったが、視線は合わさない。
「で、出かける前にお呼びがかかったってことですか?」
久保は意図的に優作の質問を無視して、優作の脇をすりぬけるようにして自分の机に戻った。
「久保さん、あなたにひとつ大事なことをお話します」
久保は、意味のない作業をしながら、耳をほんの少し優作に向けた。
「もし自分の愛人が他に男を作ったら?」
「何がおっしゃりたいのですか?」
久保は勇気を振り絞って優作の話をさえぎる。
「おそらく、社長が勝手に言い寄ってきたんでしょうから、あなたにしてみれば、迷惑この上ない話でしょうが、世の中ってのは、そうはいかないんですよ。」
「だから、何が言いたいんですか?はっきり言ってください」
「じゃぁ、はっきり言いましょう。世の中ってやつは、理不尽なもので、愛人が他に男を作ったら、浮気した女ではなく、相手の男のほうが痛い目にあうんですよ」
「わたしは、違います」
久保がか細い声で反論した。
「違うって?社長の愛人じゃない、って言うことですか?」
「違います」
「そうですか、そりゃ、なおさら気の毒だ。あなたが社長とできているっていうのは、もっぱらの噂です。事実なんてどうでもいいんですよ。根も葉もない噂、単なる噂で十分。しかも、あんたの住んでるマンションの部屋のオーナーは社長だし、他にまだふたつ部屋を持っていて、そのうちの一個は、自分で使ってるらしい。状況証拠も十分だ」
優作の指摘に久保は黙り込んだ。
「制裁っていうやつは、陰湿なほど昂ぶるものでね。女が大事にしているものを無造作に一つずつ壊していく。物欲のかたまりみたいな女だから、持ち物を奪われていくのは耐えられないでしょうね。もちろん、あんたも彼女の持ち物のひとつですよ」
優作は、無造作に煙草に火をつけた。
ここは、厨房でもある。
煙草は厳禁だが、久保はそれを注意できない。
「早めに消えてしまうほうが身のためだと思いますよ」
「どういうことですか?」
「消される前に自分から消えることです」
優作は冗談ぽく言ってはいるが、顔は笑ってはいない。
久保の顔から血の気が引いていく。
まさか本当に“消される”とは思はないが、笑ってすませることではない。
「わたしは3週間、時間をもらっています。もう1週間過ぎましたけど…。わたしは、こう見えてもれっきとしたサラリーマンでやくざじゃありません。わたしがもらっている時間の内に決断したほうがあなたのためだと思います」
「ここを辞めろと?」
「できるだけ速やかに」
「でも、行くところが…」
「誰かに無理矢理、どこかに連れて行かれるほうがいいですか?」
久保は黙った。
「店を閉めてから、相談しましょうか?」
優作は笑って久保の肩をたたいた。
「あら、優作さん、お久しぶり」
店のカウンターの奥から、ちょっとかすれた声の女性が声をかけた。
「美沙ちゃん、これお土産」
優作は、沙希に買ってもらったケーキを美沙に渡した。
ショッピング街と歓楽街のちょうど境目にある雑居ビルの二階。
“美咲”という名のエステティックサロン。
同じフロアにエステとネイルと美容室が並んでいる。
オーナーは同じ、麻生美咲。
ニューハーフの元キャバ嬢だ。
「中に入って。真琴さんが奥で待ってるから」
「ありがと」
真琴もニューハーフ。
この店は、受付の美沙以外は、全員ニューハーフだ。
優作は久保を連れて、カウンターの脇から事務所に入った。
「優作、久しぶり」
優作が入ると大柄な真琴が近寄ってきた。
「そちらが…?」
「そう。どM男。探してただろ?ちょっと歳食ってるけど」
「そうみたいね。でも、まぁ、M男くんに年齢は関係ないから…。ちょっと試していい?」
「ああ」
久保の意向など全く無視して話は進む。
「名前は?」
真琴は、直接、久保に話しかけた。
「久保…陽一」
「ようち?」
「“よういち”、“太陽”の“陽”に漢数字の“一”」
真琴は、別に字を聞いたわけではないのだが、久保は律儀に答えた。
「ふーん、いかにも立派なものを持ってますっていう名前ね」
(そういえばそうだな)
さすが、接客業。
真琴の指摘に優作は思わず、感心した。
「じゃぁ、後で連絡するから」
真琴は、優作にそう告げて、陽一を奥の部屋に連れて行った。
ニューハーフだけのエステ、ネイル、美容室。
ここの店は、指名制。
ほんの数百円だが、指名料も取る。
外見は女性だ。
同性としての安心感がある。
しかし、仮に店の女性が気に入ったとしても、それは同性愛ではない。
彼女らは性器まではいじってはいない。
もちろん、セックスだってできる。
実際、そういう需要も少なくはない。
女性ならば、そういう客を何人か持ってもなんとかなるが、男の場合はそうはいかない。
単にセックスが目的の客には、安全な“男”を紹介する。
世の中に“やりたい男”はいくらでもいるが、“奉仕する男”はそうはいない。
久保は、顔も悪くはない。
ありがちな色白の脂ぎったデブでもない。
しかも、久保のものは相当だ。
「帰るんですか?」
帰ろうとする優作に美沙が声をかけた。
「ああ」
「まっすぐ、お宅に?」
「なんだ、それ?」
「いえ、別に…」
「何、隠してんだよ、はっきり言え」
「奥さんから電話があって、志保ちゃん、さっきお宅に向ったばかりなの」
この店には、見習いレベルのエステシャンを出張させるサービスがある。
「奈緒美が?」
美沙はうなずいた。
「2時間くらいどっかで時間つぶしてもらえると、終わると思うけど…」
「そう。わかった」
優作は足早に店を出た。
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