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抑えきれない女(1)
作:慶輔
1
滑らかなシーツに脚をすべらせながら、新藤さやかはゆっくりと眼を開けた。
ああ……今日もすごく淫らで素敵な夢だったわ……
しなやかな指が身体を這い、静かにパンティの中へと入っていく。
指先が、陰毛を通り過ぎてジンジンと疼きたっている温かな秘裂に触れた。さやかは再び眼を閉じて重い吐息を吐いた。
「んふっ……」
数本の指が、大陰唇のふくらみをモミモミと柔らかく揉みあげる。切ない声が小さく漏れた。
おぼろげな夢をなんとなく思い出していくと、感情が徐々に昂ぶっていく。思い出せない部分には、思いっきり卑猥な妄想を貼り付けた。次第に、淫欲の痺れるような波が秘芯以外の性感へも蔓延しはじめてきた。さやかはもうTシャツをグイッと捲り上げ、形の良い乳房を剥き出しにしてからパンティも邪魔くさそうに脱ぎすてた。
新藤さやか、二十四歳。身長160センチにB87、W58、H85と、なんとも男が好きそうなプロポーションをしている。大手商社のOLをしており、いまの婚約者とは今年の十月に挙式予定だ。
肩まで伸びたサラサラの黒髪はどこか古きよき時代の日本女性を思わせ、若干太めの眉に、パッチリとした瞳には長い睫毛が艶やかに伸びている。目尻が垂れているせいか、気品ある顔が少し幼く見えてしまうが、それがいい。ハキハキとした明るい性格は社内でも好印象で、婚約者がいる今でもたまに交際を申し込んでくる男らがいるほどだ。
順風満帆のように思えるさやかの人生だが、実は誰にも言えぬ大きな悩みがひとつあった。
セックス依存症…アルコールや薬物依存症と同じで、心の空虚感を埋めるため為に性衝動を自分でコントロールできなくなっている状態。
まず、オナニーの回数が増えた。それから妄想癖が強くなり、さらにはゆきずりのセックスさえ行うようになった。けっしてそんなことの出来る女ではなかった。原因はわからないが、無性に性衝動に駆られてしまう。さやかは、まさにセックス依存症に陥っていたのだ。
すでに日課となっている寝起きのオナニーを終え、美脚を開いたまま余韻に浸るさやか。しばらくすると、深い溜息が口をついた。
オナニー後、必ずといっていいほど訪れる嫌悪感。そのたびに自分を軽蔑して止まない。しかし、どうしても欲情を抑制できないのだ。
「はあ……気分転換に散歩でもしてこようかな」
さやかは、気だるそうにベッドから這い上がると、軽くシャワーを浴びてから化粧をし、外着に着替えた。
ひとりで過ごす休日は、実に一年ぶりだった。
彼氏は一昨日から出張で海外に飛んでおり、帰りは二週間後だと言っていた。
とてもじゃないが、二週間も空けられたら自分が何をしてしまうのか不安でしょうがない。実際、気分転換と称して外へは出かけたものの、さやかの視線は常に街行く男性のほうにばかり向いている。頭の中では、すでに淫らな妄想が渦巻いていた。
(あっ……あの人のお尻……キュッと引き締まって逞しいわ……ああ、おもいっきり舐めてあげたい……)
ファーストフード店に入り、窓側の席でアイスコーヒーを飲みながらジッと通り行く男性を観察するさやか。ウォッシュスカートの中では、太ももの付け根あたりが熱く疼きだしていた。ムズムズと焦れるような痺れに、ときおり組んだ脚を交互に入れ替えてみる。だが、妄想が淫靡さを増すにつれ、秘芯から繰り出されてくる痒悦感が腰一体へと蔓延していく。
(ああっ……たまんない……触りたい……あ、あそこをメチャメチャに弄りまわしたい……)
さやかの指は、いつしかスカートの縦に入ったボタンを掴んでいた。
ひとつ、ふたつ、みっつ目を外したところで指が止まった。
「すみません、隣いいですか?」
「は、はい。どうぞ」
さやかは酷く緊張した面持ちで返事をした。
動きを止めていた指が、今度は慎重にボタンをかけ直していく。心臓がドキドキと高鳴った。
少し冷静になろうと、椅子に深く背をもたれながらアイスコーヒーを口に運ぶ。手が震え、あわててもう一方の手をカップに添えた。
さやかは、前かがみでガツガツとハンバーガーに貪りついている男をチラリと横目で見てみた。
坊主頭に黒縁のダサいメガネ。腫れぼったい眼に大きな鼻と口。身体は華奢に見えるが、半そでから覗いている腕はわりと筋肉質だ。
(この人……オタクなのかしら?)
オタクという言葉は知っていても、実際には見たことがないので、どんな格好の人をオタクというのかいまいち分からない。しかし、見た感じどうもオタクっぽい気がする。さやかは、できるだけ背を反り、男の斜め後ろからじっくりと観察してみた。
顔はお世辞にもハンサムとはいえず、面長にあるパーツがどれをとっても大きい。いかにも、もてない男!って感じだ。身長はおそらく自分と同じくらいで、身体つきは筋肉質の痩せ型ってところだろうか。服装はといえば、ブルーのストライプが入った半そでシャツをきっちりとチノパンの中へ入れており、なんともセンスがない感じだ。まるでタイプではない。到底セックスの対象になどなりえぬはずの男だった。
(わたし……末期症状だわ……)
そう思うのも無理はない。こんな男相手に秘芯が疼いているのだから……。
さやかの胸奥に赤色の霧が立ち込めていく。
妄想が膨らみすぎ、淫情がコントロール不可能になったときの症状だ。
さやかは、小さく咽を鳴らした。
乾いていく咽にアイスコーヒーを流し込み、声をかけようと上体を前へ倒して男のほうを見る。そんなさやかの態度に気付くこともなく、男はサッと席をたって歩き出してしまった。
さやかもあわてて席を立った。理不尽だが、微かに屈辱感が湧いていた。
そそくさと、足早にどこかへ向かっていく男。さやかもそのスピードに合わせて歩いた。
どうしてこんな男に執着しているのか、自分でも理解できぬまま男の後をつける。ノーマルなものでは物足りず、ついにアブノーマルの世界へ飛び込もうとしているのか……そんな思いさえ脳裏に浮かんだ。
男は映画館の前で足を止めた。
メガネの位置を調整しながらジッと案内板を見つめ、スッと中へ入っていく。さやかもすかさず後に続いた。
暗い館内のなか、男がキョロキョロとあたりを見回す。アニメ映画だけに、最前列には親子の姿が目立っている。男は、ガランとしている最後列の端のほうに腰をおろした。
さやかの鼓動が激しさを増した。
一体何をしようとしているのか、自分でも分からなかった。だが、淫猥な思考にまみれた脳が、躊躇なく不審な行動をとらせていく。暗い館内をゆっくりと歩き、男の傍までくると、さやかは小さく声をかけた。
「あの……すみません。隣に座ってもいいですか?」
「んっ?……えっ!?」
男が驚いたように声を上げ、背伸びしながら周りの空席を見やる。
「えっと……と、隣ですか?」
「ええ」
淑女の精悍な目差しに少しビクつきながら、男は理解出来ぬまま席を一つずらして座り直した。
なんとも不思議な光景だった。
広い館内の、ガランとした後列に見知らぬ男女が揃って座っている。どう見てもカップルには見えない、不釣合いの男と女。楽しみにしていた映画がはじまっても、男は落ち着かないようにそわそわしている。女はというと、静かだが、どこか緊張しているようにも見えた。