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美菜子の恋1-5
5.こんな朝もいい
カチャン
食器があたる音で目が覚めた。
「ごめん、起こした?」
「いや」
ひどい頭痛がした。
「どうしたの?二日酔い?」
「いや。いつもの頭痛だ。しばらくじっとしてれば良くなる」
俺はまた、目を閉じた。
眠るわけではない。
もう眠れないことも知っている。
ただ、今、起きると頭痛がおさまらない。
いつものことだ。
激しい頭痛と吐き気で目が覚めることもある。
しばらく横になっていないと一日中それに悩まされることになる。
「何してた?」
俺は目を閉じたまま美菜子に訊いた。
「コーヒーいれてる」
そういえば、いい香りだ。
「いる?」
「そうだな。もらおうか」
「ちょっと待ってね。今、入れるから」
「ああ」
どうせ、すぐには起きられない。
しばらくして、俺はゆっくり身体を起こした。
「そこで飲む?」
「いいのか?」
「いいわ」
美菜子がコーヒーを持ってきた。
少し苦味のあるコーヒーだが、苦味は嫌いではない。
コーヒーのせいか、頭痛がおさまった。
「シャワー浴びてくる」
美菜子は、裸になってバスルームに向った。
シャワーの音がする。
(こんな朝もいい)
俺は、美菜子がバスルームから出てくるのを待って起き上がった。
「俺もシャワーを浴びる。いいか?」
「どうぞ」
俺は、首に熱めのシャワーをあてながら、ゆっくりと首を回した。
頭痛のする日は、たいてい首がガチガチに固まっている。
今日もそうだ。
首をほぐし、体全体の筋肉をひとつひとつ伸ばしていく。
頭の奥のほうに痛みの元のような塊が残っているが、だいじょうぶそうだ。
バスルームを出ると、俺はすぐに服を着た。
急いで帰る必要はないが、長居をする関係でもない。
「帰るよ」
ただ、そう言った。
「だいじょうぶ?送っていこうか?」
「いや、すぐそこだ。歩いて帰れる」
「そう」
「ちょっと待って」
玄関に向かう俺を美菜子が呼び止めた。
「何だ?」
「カメラマンなんでしょ?」
「ああ、一応…」
「写真撮ってくれない?」
「かまわんが…」
「今日、いい?」
「今、これからか?」
「だめ?」
「いや。だめじゃないが…、どんな写真だ?」
美菜子は少し考えて答えた。
「わたし、写真がないの…」
「どういうことだ?」
「絵はあるけど…写真はないの…」
「そういうことか…。わかった」
「ちょっと用意するから、待っててくれる?」
「いや。俺も準備があるから、先に帰るよ」
「そう、じゃぁ、後からいくわ」
俺は、美菜子のマンションを出た。
自分の住んでいる写真館の近くだが、めったにこっちには来ない。
(こんな近くじゃ、どこかで会ってたかもな)
美菜子の顔が浮かんだ。
苦痛を浮かべた顔だ。
見たはずなのに、笑顔の美菜子は思い出せなかった。
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