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亜希の反抗1-1
第1章
1.亜希
「なんで雨なのよ、まったく」
亜希は、居酒屋のチェーン店を飛び出して外に出たものの、思わぬ雨を眺めて呟いた。
佐々木亜希25歳、公立高校で英語を教えている。土曜日の夜、いつのように恋人の正雄と過ごしていたのだが、そこで、正雄とけんかになった。正雄も教師をしている。
亜希は、帰り際にこの4月から新しく赴任してきた校長の吉田早苗に呼び止められ、服装が派手だから、もっと教師らしい品位のある格好をするようにと指摘されたことを正雄に伝えた。
「教師らしいって何?この格好が品位がないですって。ほんといやなばばぁ。聞いてる?」
「えっ、あっ、うん」
「何よ、その返事。私の話、聞いてたぁ?」
「ああ、聞いてたよ。」
「ひどいでしょ。どう思う?」
「まぁ、言い方も悪いとは思うけど…亜希、その服、俺も、やっぱり、どうかと思うけど…」
「えっ」
思いがけない正雄の返事に、亜希は耳を疑った。
亜希にすれば、普通のワンピースだった。確かに、少し、胸元が開き、丈は短いと思う。しかし、膝上15cmほどだ。太ももだって見えはしない。
「丈が短いから?」
「いや、そういうわけじゃない」
「なら、何?どこが悪いの」
「透けてるだろ」
確かに、透けてはいるが、もちろん下着はつけているし、目立たないように色もベージュだ。
「下着が見えるからっていうこと?」
「そういうこと」
「目立たないようにベージュにしてるわ」
「そりゃそうだけど…」
「だけど…何?」
「気を遣ってるのはわかるけど…」
(でた。また、“…だけど、”だ。)
亜希は、教師がよく使う、「わかるよ。だけどね…」という言い方が大嫌いだった。
「わかるんなら、それでいいでしょ。どうして、だけどって続けるの?」
「えっ?」
正雄は、突然の亜希の指摘に驚いて、すぐには言葉がでなかった。
「理解なんかしてないのに、理解してるような顔しないでよ。理由が説明できないから、認めた振りして、自分の意見を押し付けようとするんでしょ。いいならいい。だめならだめ。はっきりしなさいよ。」
「そんなに怒るなよ。たかが、服装だろ」
そして、都合が悪くなると、自分で言い出したことでも、たいしたことじゃないと言って逃げる。それが、教師ってやつだ、亜希が大嫌いな…。
「そう、たかが服装よ。たいしたことじゃないわ。正雄、わたし、帰るね」
「おい、なに、そんなにむくれるなって。子供みたいに…」
「わたし、こどもなの。でね、あなたのような大人が大嫌いなの。」
亜希は、雨の中、走って駅の方に向かった。
レジで支払いを済ませた正雄が追いかけてくるのはわかっていた。
亜希は、しばらく走って、最初の角を曲がると、とにかく雨を避けて何軒か居酒屋、スナックの並ぶ雑居ビルの中に入った。
(冗談じゃないわ。…ああ、むかつく…あーあ、冷たい。もう、さいてー)
目の前に、タクシーが止まった。
運転手は、亜希の前を通って、奥のスナックらしい店の扉を開けた。
(“方舟”(はこぶね)かぁ)
運転手が車に戻ると、しばらくして、またドアが開いて、お店のママらしい中年の女性が、若い男の子を送り出した…
「俊哉…またね」
「うん…」
ドアが閉まり、亜希は、出てきた男の子と目がった。
「先生」
工藤俊哉、亜希が教えている高2の生徒だった。
「工藤…くん?」
偶然とはいえ、思わぬところで顔を合わせ、しばらく顔を見合わせたまま、二人は押し黙った。
「先生、濡れてるね。駅まで送ろうか?乗る?」
先に声をかけたのは、俊哉のほうだった。
「乗るって…。あなた、こんなところで、何してるの?」
「車が待ってるから、急いで…」
俊哉は、亜希の手を引いて、タクシーに乗り込んだ」
「運転手さん、すまないけど駅に回ってくれますか?」
「ああ、いいよ」
運転手は、すぐに車を出した。
「駅まででいいのかい?」
「いえ、僕は、家まで」
「わかった」
俊哉は、この運転手となじみのようだった。
亜希は、思いもかけぬ出来事に戸惑った。
ただ、教師として、どういうことか俊哉にきかないわけにはいかなかった。
「ああいうとこに出入りしてるの?」
「まずいですか?」
「そりゃ、そうでしょ」
「問題になりますか?」
「なりますかって…あなた、高校生なのよ。どういうこと?説明して」
「説明も何も…見ての通りですけど…」
「見ての通りって…」
悪びれない俊哉の態度に亜希のほうが困惑した。
タクシーはすぐに駅に着いた。
「先生、着いたよ」
「工藤君」
亜希は、咎める口調で、俊哉を呼んだ。
「ごめん、先生。月曜日に学校でちゃんと話すから…」
俊哉にそう言われて、亜希は、仕方なく車を降りた。
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