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亜希の反抗1-2
2.俊哉
(どうしよう)
亜希は、俊哉のことについてあれこれ推測した。
俊哉は、他の生徒とはどこか違っていた。
大人びたと言うべきか?
低い暗い声でぼそぼそ話す離し方が印象的で、亜希が、クラスで最初に覚えた生徒だ。
(とりあえず、俊哉の話を聞いてからだわ)
亜希は、この件は、俊哉の話を聞くまでは誰にも言わないことにした。
教師というのは、家庭の事情ってやつを耳にする職業だ。
担任ともなれば、面談などで生徒の家庭についていろいろなことを耳にする。
親は、教師を信頼して秘密を明かすのだろうが、一人の教師に話せば、すべての教師が知っていると思ったほうがいい。
教師ほど口の軽い人種はない。
亜希は、俊哉がどういう生徒なのか、俊哉の担任の武市にそれとなく聞いた。
「俊哉…ですか?頭はいいんだよね。ただ、成績は…」
「はぁ…」
亜希は、そんなことが聞きたいわけではなかった。
「彼、ボクシング部ですよね」
「ええ、でも、学校のほうは来年廃部になるので、またジムに戻ったみたいですね」
「ジムって?ボクシングジムですか?」
「ええ、あの渡辺ジムっていう、ちっちゃな…知らないですよね」
「はぁ…」
亜希は、この学校への赴任が決まって、越してきたばかりだ。
「戻った…って?前からジムに通ってたんですか?」
「ええ、小学生のころからずっとらしいです」
「小学生から…」
亜希は正直、驚いた。
「ほとんど毎日遅刻ですよ。本人は、朝、トレーニングしてるって言うんですけど、怪しいもんです。でもまぁ、片親なんで…、大目に見てやってますけどね」
「えっ…そうなんですか?」
「父親と二人暮らしで…、工藤写真館って知らないですか?ああ見えて、けっこうまじめで、休みの日は仕事手伝ってるみたいですよ」
「そうなんですか…あのぉ…お母さんは…?」
「離婚したらしいですね。聞いた話ですけど…どこかでお店をやってるとかって…」
「お店…?」
「スナックらしいですよ。詳しいことは知らないですけど…本人がそんなこと言ってましたね」
(スナックって…)
放課後、俊哉は職員室の亜希のところにやってきた。
「ここじゃ、何だから…そうね、美術室に行きましょうか」
亜希は、芸術部の副顧問で、顧問の美術教師、俊哉のクラスの担任の武市がほとんど顔を出さないため、実質的には亜希が芸術部の面倒を見ていた。
美術室は、教室のある建物とは、別棟で、1階が美術室と音楽室。2階から上は、剣道部、柔道部の武道場とボクシング、体操部の練習場になっている。
定期テスト期間で、部活は休み。
放課後の美術室には誰もいなかった。
「座って」
亜希は、緊張させないように、努めて明るく話しかけた。
「おとといは、すいませんでした」
俊哉は、素直に謝った。
「ううん。私こそ、駅まで送ってもらったのに、お礼も言わないで…」
亜希の意外な対応に俊哉は面食らった。
「工藤君、もしかして、あのお店、お母さんのお店?」
少し、間をおいて亜希が工藤に訊いた。
亜希のその質問で、俊哉はすべて納得した。
「誰に聞きました?」
俊哉の固い口調に、今度は亜希は戸惑った。
(知られたくなかったのかな…まずいこと言っちゃったかな?)
「ううん。お母さんがお店をやってるらしいって聞いたんで…もしかしたらって思って…」
亜希は、俊哉の表情を伺った。
「そうですよ。ときどき呼ばれて会うんです。会うと、食事をしていけって…まぁ、そういうことです」
「言ってくれればよかったのに…」
「すいません。あの運転手さん、母と馴染みなんで、あまり…」
(馴染み…)
意味のありそうな言い方に亜希は、話題を変えようとあせった。
「ねぇ、工藤君。あなたのお家、写真館なんでしょ。あなたも写真撮るの?」
「ええ、まぁ」
「芸術部は写真もいいのよ。どう、入らない?」
「芸術部…ですか?」
「ええ」
「ジムに通ってるんで…」
「そうだったわね。ボクサーになるの?」
「さぁ、それはまだ…」
「ごめんなさい。たちいったこと聞いて…。芸術部は、別に活動があるわけじゃなくて、絵を描きたい人は描くし、小説や詩を書いてる人もいるし、模型を作っている子もいる。好きなことをしてくれていいわ。どう?」
あせってとっさに口にした話題にすぎないのに、亜希は、なぜ、こんなに執拗に俊哉を誘っているのか、自分でも理解できなかった。
なぜか、この生徒といっしょにいたい。
そんな気がしていた。
その時、いきなり、ドアが開けられ、芸術部の部長の元木由美子が入ってきた。
「あっ…すいません」
由美子は、亜希と俊哉に異様な雰囲気を感じ、頭を下げ、出て行こうとした。
「いいのよ。元木さん。もう、終わったから…入って」
「すいません」
あらためて、由美子が入ってきた。
「由美子さん、工藤君とは同じクラスよね」
「はい」
「工藤君にね、芸術部に入らない?って誘ってたの。カメラマンでしょ、彼」
(何、言い訳してるの…私)
工藤と二人のところを見られ、亜希は、由美子を相手に言い訳をしている自分がおかしかった。
「うそっ…えっ…本当ですか?入るんですか?とし…工藤君」
由美子の顔が、見る見る赤くなった。
(あら、この子…)
「いや。まだ、決めたわけじゃない」
俊哉は、亜希に話をあわせた。
「入って…ねっ…入って」
由美子は、駆け寄ってきた。
(おじゃまかな)
亜希は、立ちあがった。
「元木さん、あなたからも誘ってあげてね」
そう言って、亜希は、二人を残して美術室を出た。
亜希が出て行くと俊哉の表情が険しくなった。
「俊哉…ごめんなさい」
由美子は、自分のことで俊哉が不機嫌になっているのだと思った。
「うん?…いや、いいんだ。別に…」
「ごめん…嬉しくなって、つい…ごめん」
由美子は泣き出しそうな表情でうつむいた。
俊哉は、ようやく由美子が謝っている理由がわかったが、だからといって、由美子のせいじゃないことを説明するのもめんどうだ。
「何か用があったんだろ」
「うん、…カバン」
由美子は、机の中の小さなカバンを持つと、俊哉の後ろに立った。
「帰るよ」
「うん」
俊哉の2~3m後ろをうつむいたまま由美子は歩いた。
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