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沙耶の倒錯1-3
(かかってくるかな?)
沙耶は、会議中もほとんど、そのことで頭がいっぱいだった。
(もしかして、怖がって電車を変えるかも?ああ、そしたらどうしよう…)
午後になり最初はわくわくしていた気分が、だんだん不安へと変わりつつあった。
5時、もう学校は終わってるはずだ。
電話はかかってこない。
(部活かもしれないし…)
沙耶は会社を出て駅に向かいながら、しだいに落ち込んでいく気分を持て余した。
電車が来た。
(しょうがない)
沙耶が、電源を切ろうと携帯をバッグから取り出そうとしたとき、携帯のランプが点滅し、振動を始めた。
知らない番号。
「はい、沙耶です」
「…あっ、…あのう」
少年の声を聞くのは初めてだったが、沙耶にはそれが誰かすぐにわかった。
「朝、ごめんね。急に変なことして…」
「いえ。いいんです」
(よかった。いやがってない)
「学校、終わったの」
「はい」
「今、どこにいるの?」
「駅です」
(どこの?)
「えーっと、学校の駅?」
「ああ、そうです」
「帰るところなの?」
「はい」
「わたしも駅なの、今、電車が来たから乗るわ。そこにいて。5分くらいしたらつくから、ホームで待ってて」
沙耶は、電話を切り、急いで電車に乗った。
これから帰るなら、どうせ、この電車に乗るはずだし、“待ってて”と言って切れば、待ってるに違いない。
とにかく会える。
沙耶の胸が高鳴った。
電車がホームに入る。
沙耶は、ドアに張り付くようにしてホームに少年を探した。
少年のいる駅のホームの降り口は、ホームの前と後ろの2ヶ所。
だから、少年の学校の生徒たちは、電車の前か後ろに集中する。
沙耶の会社のある駅の降り口は、中央だ。
少年が、朝、沙耶と同じ中央の車両に乗るのには、何かわけがあるのだろう。
少年は、ホームの中央にいた。
沙耶がいる扉のまん前だ。
扉が開いて、すぐ目の前にいる少年に沙耶は、声は出さず、“乗って”と口だけを動かした。
少年が乗ってきた。
さりげなく沙耶は、少年の腕を取って手を握った。
話はしない。
少年もただ黙って沙耶の横に並んで立っている。
駅を二つ過ぎた。
「次で、降りるけど…。いっしょに来て」
沙耶は、少年の耳元で囁いた。
彼は、ほんの少しあたまをさげてうなずく。
彼の学校がある駅じゃまずい。
二人が乗る駅でもまずい。
どこで会おうか、午前中の会議の間中、悩んで決めた場所だ。
といって、変わった場所ではない。
相手は、制服を着た高校生だ。
沙耶は、駅にある全国チェーンのコーヒーショップに彼を誘った。
何をどう話そうか。
これも会議中、本部長が、新規事業のコンセプトを延々と語っているときに考えた。
(まずは、あいさつ。友達のように親しく…)
「はじめまして。わたしは松永沙耶」
沙耶は、旧姓を名乗った。
「僕は、坂上信也」
「信也かぁ。何年生?」
「1年です」
「学校終わるのって、いつもこんな時間なの?」
「いえ。ちょっと、友達とだべってて」
「そう」
(さぁ、いよいよだわ)
沙耶は、心を落ち着けようとコーヒーを一口すすった。
「毎朝、ごめんね。驚いた?」
「ええ。まぁ」
意外と普通な表情で信也は答えた。
「変な女だって…思った?」
「そんなこと…」
まさか、面と向って、はいと言うわけにもいかないはずだ。
シナリオどおりだ。
沙耶は、少しほっとしたが、問題はこの次だ。
沙耶は、少年の顔をじっと見つめた。
「電車であなたを初めて見て、あなたがぴったりとわたしの後ろに立って…」
沙耶のほうが、少年の前に立ったのだが、ここはさらっと話を流して何も言わせない。
「そのときね、なんかどきっとしたの。胸がどきどきしちゃって…」
彼が顔を伏せた。
「次の日もあなたが後ろだった。嬉しくてその日もどきどきしっぱなし。気づかなかったでしょ」
彼は返事に困っているが、返事が欲しいわけではない。
「わたし、そのとき、このままぎゅっとしてくれないかなって思ってたの」
上目遣いに、少年がちらちらと沙耶の顔を覗く。
「そしたら、あなたも…」
沙耶は、ここで言葉を切った。
信也のものが大きくなったのは、沙耶がお尻をこすりつけたからで、信也のせいではない。
信也は、恥ずかしそうにうつむいてしまった。
「あれは痴漢じゃないのよ。あたしがぎゅっと抱いて欲しくてくっついたんだから…」
沙耶は、少しずつ事実を曲げて別の状況を作り上げていく。
「どきどきしたわ。で、あなたも気持ちよくなればって思ったんだけど、ごめんなさい。迷惑よね。あんなとこ、もし、学校のお友達にでも見られたら…ねぇ」
沙耶は、信也の返事を待った。
心臓の鼓動がどんどん早くなる。
「いいんです。だいじょうぶです。うちの生徒は、あんなとこに乗らないから…」
(なんていい子なの)
沙耶が願っていた通りの返事が帰ってきた。
これでこれからも信也の前に立てる。
「そうよね。でも、あなたこそ、どうしてあそこに乗ってるの?」
沙耶は、何気に信也の言葉に同調してしかも話題を変えた。
「えっ…まぁ、いろいろ…」
信也が口ごもる。
「誰かと、顔を合わしたくないのかな?女の子かな?」
「まぁ、そんなとこです」
(振られたのかな?)
ますますいい子だ。
「ねぇ」
「はい」
「これからもあそこに乗ってくれる?」
「はい」
「わたしの後ろに立ってくれる?」
「はい」
「ときどきでいいんだけど、会ってくれる?」
信也は今度は、黙ってうなずいた。
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