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知美の恋人1-5
5.お母さん、Mなの
孤独というのは、そこに居座ってしまうと、けっこう居心地のいいものだ。
クリスマス、若い男女が行き交う街を辰夫は一人で歩いた。
特別な演出は好きではない。
自分の気分は自分でコントロールする。
周りに左右されたくはない。
そんな意固地な面を辰夫は持っていた。
夜、8時、仕事を終えて、辰夫がマンションに帰るのとほぼ同時に携帯にメールが入った。
知美からだ。
“先生のとこに行っていい?”
タイミングが良すぎる。
“今、どこにいる?”
“近く”
そんなことだと思った。
“来てもいいよ”
近くで、辰夫の帰りを待っていたに違いない。
2分後、ドアのチャイムが鳴った。
「ごめん」
知美はドアの外で謝った。
「中に入れ」
辰夫は知美の手を取った。
冷たい手だ。
「まさか、お前、外で待ってたのか?」
知美は答えない。
帰って来たばかりで、部屋の暖房もまだ十分にはきいていない。
辰夫は、黙って座り込んだ知美をぎゅっと抱きしめた。
何があったか知らないが、わけを聞くより大事なことがある。
電気ポットのお湯が沸くまでの時間、辰夫はじっと知美を抱いていた。
「コーヒー飲むか?」
「うん」
辰夫はコーヒーを入れに立った。
「どうした?何があったんだ?」
「お母さんと喧嘩した」
「何で?」
「なんか、急に話しかけてきて…」
(無理に話すなって言ったのに…)
辰夫は、知美のコーヒーにミルクをたっぷり入れて知美の前に置いた。
「うちの親、離婚したの」
「そうなのか?」
「でね、その話をするの。ごめんねとかって…」
謝っていいことと悪いことがある。
謝るというのは、許してくれということだ。
許しの強要だ。
許せないことで謝られるのは迷惑だ。
「わたしがいたから、ずっと我慢してきたけど、やっぱりだめだったって…」
知美は、コーヒーをすすった。
「わたしがいたから我慢してきたなんて、よく言うわ。なにもかもパパのせいにして、自分だけいい子になって…。自分だって男がいるくせに」
(やっぱり、男がいたわけだ)
「お父さんにもいるのか?」
「いるわ。他の女と暮らしてるわ。だいぶ前から…」
「お母さんは、最近なの?」
「ううん。たぶん、お母さんのほうが先よ。我慢してたのはパパのほう」
知美の横に座った辰夫に今度は知美が擦り寄ってきた。
「お母さん、Mなの」
辰夫は、持っていたコーヒーカップを置いた。
「わたしが小学校5年生くらいだったかな、随分ひどい喧嘩をしてたことがあるの。お母さん、裸だった。背中や腕に、なんか痣がいっぱいあって、パパが怒ってた。これはどうしたんだ?って…。そのときは、怪我してるお母さんが泣いて謝ってるのに、ひどいと思って。それからずっとパパと口をきかなかったの。パパに悪い事しちゃった」
「見てたのか、それを?」
「こっそり覗いたの。お母さんは、そのことをわたしが知らないと思ってる」
「知美、飯は?」
聞いてどうにかなる話でもない。
どうにもならない話をつきつめるとろくなことにならない。
辰夫は、話を打ち切ってキッチンに向かった。
「食べてないけど…」
「作るけど…手伝うか?」
「作るの?先生が?マジ?」
「なんだよ」
「わたしが作るよ。わたし料理得意だから」
知美も立ち上がった
「お前、料理できるの?」
「何よ」
「いや、別に…」
「何を作るの?」
「カレー」
「カレー?」
知美は吹出した。
「おかしいか?」
「大の大人が仕事から帰ってきて、ひとりでカレー作るのって…、ごめん、ちょっとうけた」
「そうかぁ」
「怒んないでよ。料理は本当に得意だから、わたしに任せて」
「そう。じゃぁ、頼む」
「お前、着替えるか?」
知美の格好は部屋でくつろぐものではない。
何よりスカートから伸びた生足が寒そうだ。
「着替えるって…、何に?」
辰夫は、買ったままでまだ店の袋に入ったまま出してもいないスウェットの上下を取り出した。
「新品?」
「買ったまま、忘れてた」
「ばかじゃん?」
「俺、風呂に入るから、着替えな」
辰夫は、知美が着替えやすいようにバスルームに入った。
買ったまま忘れてたのは辰夫ではない。
別れた彼女が、辰夫のところに置き忘れていったものだ。
(まずい。サイズが、合っちゃうなぁ)
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