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知美の恋人1-3
3.恋人?
次の日も、知美は辰夫の部屋にいた。
知美は、昨日読みかけだったコミックの続きを全巻本棚から取り出して、積み上げた。
「知美。マンガ読んでる場合じゃないんじゃないか?」
辰夫は、昨日と同じようにコーヒーを入れながら、知美に言った。
明日は、塾の模擬テスト。
確かに、マンガなど読んでる場合ではないが、それを他人に指摘されるとむっとする。
15歳というのは、そういう年齢だ。
ただ、辰夫の言い方は優しかった。
同じセリフでも母親の佳美とは大違いだ。
「今日の明日で、なにが変わるってわけじゃないし…」
「1日に1ミリ背が伸びたとしよう。1ミリなんて誰も気づかない。10日で1センチ、1ヶ月で3センチ、1年で36センチ、10年で3メートル60センチ」
「ない、ない、ない」
「1日に1グラム痩せたとしよう」
「何が言いたいの?」
「1グラムなんて誰も気づかない。10日で10グラム、1ヶ月で30グラム、1年で360グラム、やっぱり誰も気づかない」
「いやなやつ」
「本当のことだ」
「自分はどうなのよ。コツコツは性に合わないって、このあいだ授業中に言ってたじゃない」
「そうだっけ?」
「そうよ」
「まぁ、人それぞれだから…」
「いいかげん。でもさ、なんでわざわざ24日に試験するの?」
受験生、最後の模擬テストは、毎年12月24日に行われる。
「受験生にクリスマスも正月もないっていうことだろ」
「最悪」
「俺もそう思う」
「だよね」
辰夫は、テーブルにコーヒーを置くと、クッションに寝そべっている知美の横に座った。
「ちょっと横によってくれ」
「なによ」
「寝っころがりたい」
「しょうがないなぁ」
知美は少し横に寄った。
辰夫は、横になるなり目を閉じた。
(眠るの?)
しばらくすると、辰夫の首が少し傾いた。
(マジで寝ちゃった?)
知美は、辰夫を押しやるように腕を辰夫の肩に当てたが、反応はない。
(うそ、本当に眠っちゃった)
よっぽど眠かったのだろう、辰夫はすぐに眠ってしまった。
知美は、辰夫の顔をじっと見つめた。
男性の顔を、こんな近くで見たことはない。
かっこいいわけではない。
意外と鼻は高い。
髭は濃いほうかもしれない。
知美は、辰夫の横で同じように寝そべってみた。
先生と生徒の距離ではない。
胸が高鳴った。
ふーっ
マンガなど読んでる場合ではなくなった。
知美は、辰夫の腕を取って腕を体から離し、その腕の付け根にそっと自分の頭を置いた。
辰夫の腕の中。
距離はいっきに彼と彼女の距離。
痩せてると思っていた辰夫の腕はけっこう太く、胸も広い。
知美も目を閉じてみた。
辰夫の小さな寝息。
辰夫の体のどこか奥のほうから、かすかにドクン・ドクンという脈動が聞こえる。
心地よかった。
眠いのは辰夫だけではない。
受験生というやつは、慢性的に睡眠不足だ。
知美は、襲ってくる睡魔を妨げようとはしなかった。
このまま眠ってしまったほうがいいような気がした。
「知美、起きろ」
辰夫の声で、知美が目を覚ますと、辰夫の顔が目の前にあった。
「ごめん。もう7時だ。送ってくよ」
「いいの」
「何が?」
「遅くても平気なの」
「そっちがよくてもこっちは困る」
「困るの?」
はっきりそう言われると傷つく。
「困るってのは、嫌だってことじゃなくて、親に心配させるだろ」
「しないよ」
「だから、お前の親が心配するしないは問題じゃなくて、俺が、親を心配させるような非常識な人間だと思われるっていうこと」
「自分のことを心配してるわけ?」
「違うよ」
(えっ、何?)
辰夫にぎゅっと抱きしめられた。
「非常識な人間だと思われると、お前に会うことが出来なくなる」
(えっ…えっ…えっ…、わたしに会いたいってこと?)
「だから、帰ろう」
「わかった」
「送るよ」
「いいよ。誰かに見られると困るでしょ」
「そう?じゃぁ、気をつけて帰れよ」
「うん。ねぇ、明日もいい?」
「明日は、試験の採点だから」
「そっか。じゃぁ、明後日」
「ああ、いいよ」
恋人のような会話。
そんな会話が嬉しかった。
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