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知美の恋人1-2
2.また、行ってもいい?
受験生に冬休みはない。
塾の冬期講習は、午前中で終わるのだが、知美は、受験生のために開放された自習室で時間を潰し、辰夫が帰るのを待った。
「先生」
知美は、辰夫を追いかけ、並んで歩く。
「あぁ、知美…帰るのか?」
「うん。一緒に帰っていい?」
「ああ、いいよ」
「家まで送ってくれる?」
「なんで…暗くないだろ」
「うわぁ、冷たい、いいじゃん、どうせ帰り道なんだし」
「帰り道じゃねぇよ」
「ひどーい」
知美は、ふざけて辰夫の腕を取った。
「わかった。送るから、手を放せ」
辰夫は、また、知美といっしょに帰った。
「おい、こっちだろ」
知美が、違う道を通った。
「いいの。先生、こっちのほうが先生のマンションに近いでしょ」
「マンションって…なんで、うちを知ってる?」
「知ってる」
「だから、なんで?」
「教えない…ねぇ、先生のとこ行っていい?」
「えっ?」
「先生、三国志の本貸してくれるって言ったでしょ」
「そうだっけ?」
「うわぁ…ひどい。忘れてる」
知美は、また、辰夫の腕を取った。
「わかった、わかった。じゃぁ、寄るか?うちに」
「うん」
意外にも、辰夫は、あっさりとOKした。
「うわぁ、なにこれ…すごい」
辰夫のマンションは、入るとすぐにリビング・ダイニング、隣がバス・トイレ、奥に寝室という1LDKだ。
一人暮らしのようだが、意外にきれいに片付いていた。
知美が驚いたのは、リビングの壁いっぱいに並んだ本。
「先生、これ、全部読んだの?」
「一応」
「どのくらいあるんですか?」
「1,000か2,000…か、もっと…」
「何、そのアバウトなのは…」
「数えたことがない…ああ、でも、半分くらいはコミックだよ」
そう言えば、カラフルな背表紙の本棚もあった。
「コーヒー飲めるか?」
辰夫がキッチンに立った。
「はい」
返事はしたが、苦いのは苦手だ。
「ねぇ、先生、これ、ちょっと見ててもいいですか?」
知美は、自分も読んでいるコミックの最新刊を見つけて、書棚から取り出した。
「ああ、いいよ」
辰夫は、コーヒーを入れ始めた。
「先生、一人暮らし?」
コーヒーを持ってきた辰夫に知美は聞いた。
「ああ、一人暮らしだ」
「彼女いないの?」
「いたけどね…別れた」
「振られたの?」
「そうだなぁ…たぶん、そうだ」
「何、また、アバウトな」
辰夫は、本棚から、文庫本の三国志を取り出すと、知美の前に置いた。
「これ」
「ありがとうございます…。ねぇ先生、これ読んでていい?」
知美は、書棚から数冊のコミックを持ち出した。
「ああ、いいよ」
辰夫は、知美にリビングのクッションを占領されて、キッチンの椅子でコーヒーをすすった。
冬の日は短い。
1時間もすると、外は急に暗くなる。
「知美、そろそろ、帰りな。遅くなる」
「やだ。まだ、読みかけなんですぅ」
「それも貸してやるから」
「もうちょっとだけ…」
床に座り込んだ知美の横に辰夫が来た。
「だめ、もう6時を過ぎた」
辰夫は、知美を立たせようと、知美の両腕をつかんだが、知美は立たない。
「知美…」
困ったような表情で、辰夫が知美を見た。
その辰夫の表情を見て、知美は立ち上がった。
(あーあ、相手にされてない)
がっかりした知美は、立ち上がって、貸してくれるといった三国志の文庫本だけを手提げの袋に入れた。
「わかった。帰るよ。じゃぁこれ、貸りるね」
知美は、低い声で、ぼそっと呟いた。
今まで読んでいたコミックを本棚に返すのを見て辰夫が声をかけた。
「それは、いいのか?」
「コミックなんか読んでると、お母さんに怒られる。“マンガなんか読んでないで勉強しなさい”」
最後は、おそらく母親の口調を真似たのだろう。
玄関で、先に辰夫が靴をはいた。
「出かけるの?」
「送っていく」
「わたしを?」
「まぁ、ちょっと買い物もあるから」
「ごめんね」
「何が?」
「じゃまして」
「別にじゃまじゃないよ」
しゃがみこんで靴を履いていた知美に辰夫が手を差し出す。
辰夫に手を握られた。
(優しいな)
歩くときも、辰夫は常に車道側を歩いた。
知美の家の数十メートル手前で辰夫は立ち止った。
「知美、じゃぁ、またな」
にっこり、微笑みながらそう言う。
「また、行ってもいい?先生とこ」
「ああ、いいよ」
「明日でもいい?」
「いいよ。いつでもいい」
嬉しい返事が返って来た。
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