スポンサーサイト
新しい記事を書く事で広告が消せます。
知美の恋人1-1
知美の恋人
第一章
1.辰夫
知美は、塾の授業が終わってから駅近くの古本屋に寄った。
探している本はなかったが、それはそれでかまわない。
知美は、CD、DVD、ゲーム、コミックとゆっくり見て回る。
まだ、時間はある。
今日は、帰っても誰もいない。
知美の両親は、長い間別居していたが、今年の初め正式に離婚した。
父親は歯科医を開業している。
別居というより、父親が歯科技工士の若い女と別の家で暮らし出したというのが正しいが、父親の一方的な浮気というわけでもない。
母親の佳美は、ホテルで働いている。
経済的には佳美が働く必要などなかったのだが、佳美は仕事を辞めなかった。
妻が家庭に入らなければならないわけでもないが、両親共に忙しい家庭のしわ寄せを知美は背負わされた。
知美に何かがあると必ず喧嘩になる。
病気にでもなろうものなら最悪だ。
父親は、母親にお前が仕事を休んで看病しろといい、知美は病気の間中ずっと母、佳美の愚痴を聞かされた。
知美の誕生日に佳美は残業で遅く帰って来たことがあった。
また喧嘩だ。
いつしか知美は、両親と話をしなくなった。
9時40分
そろそろだ。
(来た)
知美は、急いで店を出た。
「先生」
知美の声に辰夫が振り返った。
「桑田」
「先生、帰るところですか?」
知美は、小走りに距離を詰め、辰夫の横に並んで声をかけた。
「ああ、帰るとこだけど…、お前、何してんの?」
「ちょっと、本屋さん」
「そう」
駅に着いた。
「お前も電車か?」
「うん」
「家はどこ?」
知美は、自分の家の最寄りの駅名を言った。
ここからは5つめの駅だ。
「えっ、そんなとこから通ってんの?」
高校部の生徒や有名中学を目指す小学生なら、かなり遠くからも通って来るが、中学生の塾は駅ごとにかなりある。
駅5つも離れたところから通ってくる生徒は、そうはいなかった。
「先生は?」
辰夫の答えた駅は、知美の隣駅だ。
「近い。もしかしたら、どっかで会ってたかもしれないですね」
「そうかもなぁ。俺のところは、知美の駅からでも歩いて15分か20分くらいだから」
「もしかして南口です?」
「そう、南口だよ」
辰夫も少しおどろいたように答えた。
「わたしのとこは、歩いて12~13分ですけど…。もしかしてご近所さんだったりして…」
「かもね?」
知美は、さらに辰夫が身近に感じられた。
「そうだ、先生、今日、遅いから、わたしを家まで送ってくれませんか」
ほとんど、何も考えず、知美は思い付きを口にした。
「えっ?歩くのか?20分も…」
「だって、途中、公園の横、暗いでしょ。痴漢が出るって看板あるし…」
勢いで、知美はしゃべった。
「いいよ、わかった。送ってやるよ」
(うそ?…いいの?ほんとに?)
電車が入ってきた。
電車の中で、知美は、じっと、辰夫を見ていた。
辰夫は、知美に話しかけないし、知美も黙っていたが、知美の降りる駅で辰夫は、約束どおり、知美といっしょに電車を降りた。
「ほんとに、送ってくれるとは思わなかった」
「なんだよ、それ…」
「ううん、嬉しいんです。ありがとうございます」
「どういたしまして…・」
改札を出て、また辰夫は黙って歩いた。
「ふだんはしゃべらないんですね?」
知美のほうから話しかけた。
「なんで?・・・あっ、電車の中で黙ってたから?」
「うん」
「電車の中って、いろんな人に聞かれるからね。お前、俺を先生って呼ぶだろ?」
「うん」
「こんな時間に、先生と生徒が、二人で電車に乗ってるってのもね…」
「それも、そうだね」
「こっちで、いいの?」
知美は、何も言わずに知美と一緒に歩いてくれる辰夫に訊いた。
知美は、自分の家に向っているが、辰夫の家がその方向にあるとは限らない。
「ああ、こっちからでも問題ない」
公園横を抜けて、知美の家に着いた。
「先生、うちここだから、ありがとう」
「あっそう…じゃぁ」
辰夫は、すぐに歩き出した。
知美は、しばらく辰夫の後姿を見ていた。
辰夫は、最初の角を左に曲がった。
(ああ、やっぱり、遠回りだったんだ)
知美は、辰夫の後を追って歩き出した。
どのくらい遠回りさせたのか、確かめたかった。
(すっごい遠回りだったら、どうしよう…)
7、8分歩いただろうか、辰夫が、マンションに入っていった。
知美が心配するほどでもなかった。
通り1本、線路よりだっただけで、時間で言えば、1分か2分の問題だ。
(こんな近くに住んでいたんだ…)
知美は、ほっとして、来た道を戻って行った。
« 弥生の旅立6-5 l Home l 知美の恋人1-2 »