スポンサーサイト
新しい記事を書く事で広告が消せます。
人妻あやの失敗1-3
3.わたしの番号
分室での荷造りが終わると、午後は引っ越し先の本社での片付け。
運送屋は、統合されるもうひとつ別の分室での作業となった。
什器とその上に置かれた段ボール箱。
あやは、まず部署全体で使うものの整理にかかった。
詰めるより開けるほうが時間がかかる。
ただ、たとえ時間がかかっても、ひとりでやるほうがいい。
大勢でやると、後で必ず“あれはどこ?”という結果になる。
なんとか片付けたところで、時間はもう5時近かった。
一応は、休日出勤。
勝手に帰るわけにも行かない。
総務に電話連絡して、あやは作業を終えた。
突然ドアが開いて、バイトの高志が、小さな箱を持って入って来た。
「あら、どうしたの?」
「あっ、風間さん。すいません、一個、他に運ばれてて…」
呼び方が、風間さんに戻っていた。
「そうなの…、どうしてうちのだってわかるの?」
アルファベットは、どの部署の箱にも書いてあるはずだ。
「部署ごとに、運ぶときにマジックで色をつけたんです。ここのは赤」
高志は、小さな箱の横をあやに見せた。
確かに赤いマジックで少し線が入っている。
あやは、箱の上しか見ていなかったので気づかなかった。
「そうなんだ。しっかりしてるのね」
「僕じゃないです。会社です」
確かにそうだ。
高志は、小さな箱を入り口のカウンターの上に置いた。
そこは、あやが片付けた場所だ。
「あっ、もう片付けちゃったんですね。遅かったですね、すいません」
「いいのよ。また、明日やるから、置いといて」
「はい、じゃぁ、これで…」
「まだ、仕事なの?」
「いいえ、もう終わりました。これでおしまいです」
「わたしも帰るとこなの、いっしょに行きましょ」
あやは、高志と一緒にエレベーターに乗った。
玄関を出たが、運送屋のトラックはいない。
「車は?」
あやは高志に聞いた。
「車は帰りました」
「えっ、あなたは?また置いてけぼり?」
「バイトは、集合は会社ですけど、終わりは現地解散なんです。アルバイトは、社員さんに終了の報告をして、それでおしまい」
「そうなの?」
「僕、アパートが駅の向こう側なんです。交通費でないから、ここで解散のほうがありがたいんです」
「そうなんだ。なんか、厳しいのね」
あやは、高志と一緒に駅に向かった。
「そうだ。お茶のお礼しなきゃね」
「えっ、そんなのいいですよ」
「アパートって…、一人暮らしなんでしょ?」
「ええ」
「じゃぁ、どっかでご飯食べようか?おごるわ」
「缶ジュースとご飯じゃ割りがあわないですよ。いいんですか?」
「いいわよ。それより、あなた、ここに住んでるんでしょ?わたし、この辺詳しくないから、お店はあなたが選んで…」
「僕が…ですか?」
「あなた…」
「あのぉ、高志です」
高志が口を挟んだ。
「そうだったわね。たか…し、お酒は飲むの?」
名前を呼び捨てにするのは、勇気がいる。
「好きです。体育会系ですから」
「あっ、そうか。じゃぁ、あな…、たかしがよく行く居酒屋でもいいわ」
「そうですね…、じゃぁ、○○にしましょう」
高志が口にしたのは若い女性をターゲットにしたちょっとお洒落な居酒屋のチェーン店だった。
あやもよく行く店だ。
高志は、お酒のペースをあやに合わせて、その分、よくしゃべった。
あやは、話題を探す必要もなく、ただ相槌を打って、時に笑って、久しぶりに楽しかった。
「あやさん、結婚してるんですか?」
ビール2杯で、風間さんは、あやさんに変わった。
「ええ」
「そうか。そうですよね」
「何それ?」
「なんか、人当たりがいいって言うか、いい感じだから。そういう人は、ちゃんと結婚してますよね」
「どういうこと?」
「僕ね、どうも同年代や下の女の子ってのが苦手なんですよ」
「どうして?」
「これでも、何人かと付き合ったこともあるんですけど…、なんて言うか、なんかささいなことでつっかかってくるんですよ」
「ささいなこと?」
「“髪型変えたのに気づかない”とか、“メールの返信が遅いとか、心がこもってない”とか」
「そういうことね。わかるわよ、それ」
「そいうのって、性格ですかね?それともやっぱり、若いからってことですかね?」
「どうかしらね」
「あやさんも、“メールの返信が遅い”とかって言います?」
「誰に?」
「ご主人とか」
「とか?」
「お友達」
「ああ」
また、はやとちり。
まるで、浮気してますとでも言わんばかりだ。
「僕、10っこくらい上の女性があこがれなんですよ。シスコンとかマザコンとかじゃないですよ。同年代でも、落ち着いた感じの女性ならいいんですけど…。あやさんの知り合いで、誰かいませんか?なんて、就職も決まってない学生じゃ相手にしてもらえないですね」
「そんなに慌てなくても、10年たったら、同年代の女性も10っこ上の女性になってるわよ」
「するどい。ナイスなつっこみです」
「あやさん、明日も出勤ですか?」
「そう。片付けと掃除」
「午前中で終わるって聞いたんですけど」
「その予定ね」
「あやさん、うどんって好きですか?」
「ええ、大好きよ」
「僕、ちょっとうどんに凝ってて、自分で麺も打つんですけど、よかったら明日、お昼ご馳走させてもらえませんか?」
「自分で、麺を打つの?」
「はい。天ぷらも得意です」
「わたし、天ぷらは、えびとかじゃなくて、春菊とか玉ねぎがいいんだけど」
「合わします」
「ほんと?」
「はい」
「それは、ぜひ食べさせて…」
「いいんですか?」
「こっちこそ」
「やった。じゃぁ、僕の携帯の番号、教えます。仕事が終わったら電話ください」
高志が電話番号を教えるとすぐに、高志の携帯が鳴った。
「それが、わたしの番号」
あやは、高志の耳元でそっと呟いた。