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続・亜希の反抗2-1
第2章 罠
1.勧誘
「あっ」
急に千春が声を出した。
「何か?」
亜希は、無理に平静を装った。
「ううん。ごめんなさい。なんでもないの…」
記憶をたどっていた千春の表情が元に戻っている。
「遅くなって、ご主人はいいの?」
「ええ。今日は出張でいないの。だからだいじょうぶ」
「お子さんはいないの?」
「いるけど、実家に預けてあるから」
亜希は、言葉を選んだ。
「ねぇ、亜希さん」
千春が急に声を落とした。
「何?」
「わたしね、モデルしてた若い頃、工藤写真館の近くに住んでたの」
亜希は、千春が何を言い出すのか、亜希の言葉に聞き入った。
「工藤さんとこに息子さんがいるの。今、ボクサーだけど、彼が中学・高校生くらいだったかな。わたし、裕子ママのスナックでバイトしてたから、その子、俊哉って言うんだけど…その子とも顔見知りだったの」
「千春さん…」
亜希は、議員の妻であるという素性を隠したかったのだが、千春が思い出したのは、別のことのようだ。
亜希は緊張した。
「モデルって、お客さんが撮った写真はお客さんのものだから、写真を持ってないの。でも、要るでしょ、自分をPRするのに…、でも、プロのカメラマンに撮ってもらうほどでもないから、みんなたいてい、俊哉君に写真を撮ってもらってたのよ。でね…」
千春は、少しためらった。
「ごめんなさい。思い出しちゃった。亜希さんのこと」
なぜか千春は謝った。
「“ボディゾーン”の人でしょ?」
思いがけない言葉を千春の口から耳にした。
“ボディゾーン”
文化祭に俊哉が出品した、亜希の写真のタイトルだ。
しかし、作品に亜希の顔は写っていなかったはずだ。
「たまたま、わたしの撮影の日にプリントしてたの。あなたの写真が何枚も何枚も…。床じゅうに並んでたわ」
(わたしの写真?)
亜希は、千春の顔が見られなかった。
「やっぱりあなたモデルだったんじゃない」
千春は、亜希をモデルだと勘違いした。
「いえ…」
亜希は否定しようとしてやめた。
モデルと思われているほうがいい。
「あなたも…なの?」
千春が意味ありげに亜希の顔を覗きこむ。
「何が?」
「お腹」
「お腹?」
亜希には千春が言っていることがよくわからない。
「お腹を抱えて苦しんでる写真もあったわ」
(ああ、そういうことか…)
確か、俊哉にお腹を殴られて…そういう写真もあった。
「あなたもって…。千春さんも?」
「変でしょ…でもないか。お互い様だものね。お腹を殴られて、されたことがあったの。レイプじゃないわよ。そういう趣味の人だったの。苦しくて、息ができなくて、そこに無理矢理されて、動けないし、“いや”って声も出せないの。でも、なんか、わたし、そういうのが好きみたい」
殴られたいという女性がいる。
今、目の前に…
亜希は、驚いた。
お腹を殴られたとき…
亜希は記憶をたどった。
痛くて…息ができなくて…苦しくて…
写真を撮られて…
恥ずかしい格好なのに、苦しくて動けなくて…
恥ずかしいのに…
動けない…。
亜希の心臓の鼓動が早くなっていく。
亜希は、少し息苦しくなった。
(わたしも、そういうのが好きなのかも…)
「ねぇ、もう一度、モデルやってみない?」
唐突に千春が言った。
「モデル?」
予期せぬ誘いだ。
「あれって、なかなかやめられないものなのよ。わたしも、声がかかったら、また戻っちゃったし、あなたも戻りたいんじゃないかと思って…」
「わたしが、モデルに?」
「歳なんて関係ないのよ。わたしもやってるし…。その気なら、事務所に紹介してあげる。ああ、お店に出る出ないは本人の自由だから、気にしないで…」
「あっ、そうだ」
千春は、また何か思い出したようだ。
「工藤さんの写真、見たい?裕子ママの写真もあるわ」
「見られるの?」
「うん。見れるわ。彼のギャラリーがあるの。彼って、ここのオーナーさんね。自分の絵を飾ってるんだけど、…行く?」
「今から?」
「すぐ近くなの。だめ?」
「だめじゃないけど…」
「そうお。じゃぁ、決まり」
千春はすぐに電話した。