スポンサーサイト
新しい記事を書く事で広告が消せます。
知美の恋人5-9
9.記念日
日曜日
辰夫の荷物が運び込まれてきた。
といっても、元々辰夫はあまり荷物を持っていないし、必要のなくなる家電品などは売却した。
荷物は軽トラック1台分。
辰夫と辰夫の教え子だったという若い男性が運んできて、ほぼ午前中だけで片付いた。
レンタカーも返し、辰夫と佳美、手伝いに来てくれた西条拓也と知美の四人で近くのレストランで昼食を取った後、辰夫の車は、知美の知らないビルの駐車場に入った。
「ここは、何?」
車を降りた知美は佳美に聞いたが、佳美も知らないようだ。
「スタジオだ」
二人の会話が聞こえたのか、辰夫が答えた。
「スタジオ?」
「レンタルスタジオ。引越しの記念写真を撮ろうかと思ってね。拓也は、カメラマンなんだ」
(“引越しの記念写真”って何?)
と思ったが、知美はそれ以上は聞かなかった。
スタジオはがらんとしてけっこう広かった。
入り口の脇にパーティションで仕切られた場所がある。
辰夫は、持ち込んだ大きなトランクをそこに持ち込んだ。
「着替えて」
どうやら、そこはメイク室ということらしい。
「知美、着替えよう」
辰夫の意図を察した佳美が、知美の背中を押してそこに入った。
「お母さん、これ…」
衣装を見た知美が、驚いた声でその衣装を佳美に見せる。
それは、佳美の思った通り、ウエディングドレスだった。
「今日は、知美の結婚式なのかな?」
「わたしだけじゃないみたいよ」
衣装は、二人分だった。
「お母さんとわたしの結婚式みたい」
「お母さんも?」
佳美は、ウエディングドレスですでに撮影している。
意外だったが、そのことを知美に話すわけにもいかない。
「じゃぁ、念入りにメークしないと…、さっ、知美、座って…」
いつ入れたのか、佳美のメーク道具も一式入っていた。
二人の新婦が、控え室から出てきた。
「いつの間に…」
がらんとしていたスタジオに、いくつもの生花が持ち込まれていた。
そして正装した辰夫が立っている。
「お待たせ」
佳美はそう言って、知美を先に辰夫の横に立たせた。
「最初、知美さんと二人、次に佳美さん、それから三人一緒に撮ります」
拓也は、まさに“記念写真を撮ります”という口調で知美と辰夫の位置決めをする。
知美の表情が、怪しくなった。
「知美」
佳美は、知美に声をかけて、にこっと微笑んで見せた。
今、泣かれては、写真が撮れない。
知美が笑顔を返してきた。
知美の次は佳美。
同じ撮影が行われる。
知美は、いまにもあふれ出しそうだった涙がなんとか納まった。
最後は、三人。
「武さん」
辰夫の苗字は武田、拓也は辰夫のことをそう呼ぶ。
「どう並びます?」
拓也も新婦が二人いる写真など撮るのは初めてだ。
辰夫が中央で花嫁が左右では、いかにも傲慢だ。
しかも佳美も知美も背が低い。
「後に立って、二人を抱くよ」
辰夫は、佳美と知美を並べて前に立たせ、その背後に立って両腕を二人の腰に回した。
「それでいきますか」
たんたんと撮影がすすむ。
「辰夫さん、知美さんが好きですか?」
不意に拓也が辰夫に声をかけた。
武さんが辰夫さんに変わっている。
「はい」
辰夫が神妙に返事をする。
カメラマンは、どうやら神父に替わったようだ。
「佳美さんが好きですか?」
「はい」
「二人を、未来永劫、愛すと誓いますか?」
「はい」
「ささやかですが、僕と妻からプレゼントがあります」
拓也がウエディングマーチを流すと、スタジオのドアが開いて女性がカートを押して入ってきた。
「妻の沙希です」
拓也がその女性を紹介した。
カートには大きくはないが、ケーキが乗っている。
「ご結婚、おめでとうございます」
女性のそのひと言で、こらえていた涙が知美の頬を伝った。
佳美の目も赤い。
「ありがとう」
辰夫も知らなかったのだろう。
声が震えている。
「三人でナイフを入れてもらえますか?」
拓也はまたカメラマンに戻って撮影を始めた。
撮影を終えると、拓也と沙希は帰っていった。
「着替えて帰るか?このまま帰るか?」
辰夫が訊いた。
「このまま…」
知美はもう少し、このままの姿でいたかった。
「でも、この格好で帰ったら…」
佳美も着替えたくはなかったが、もしこの格好で家に帰って、近所の誰かに見られたらと思うとそうも言ってられない。
「このままホテルに行くか?」
「ホテル?」
「ラブホ」
「三人、入っていいの?」
「いいさ」
「そう、しようか?」
佳美が知美に訊いた。
「うん」
「ラバーズ・知美の恋人」END
▼“知美の恋人”を最初から読む
« 知美の恋人5-8 l Home l 拉致 »