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美菜子の恋5-6
6. 雨は嫌いじゃない
「はい」
亜希がコーヒーを入れてきて、俺の横に座った。
俺の腕を乳房に押し付けるように両手で抱きしめる。
「写真を撮ってもいいか?」
俺は呟いた。
「今から?」
「いや、いつか今度」
「いいわ。いつでも…」
「ときどき、モデルになってくれるか?」
「ありがとう」
亜希は、なぜか礼を言った。
「どこかに話を通す必要はあるか?」
「お店?…お客を取るわけじゃないから平気よ」
「店じゃなくて、お前の客は?」
「だいじょうぶよ」
「ずっと撮っていいか?」
「わたしはいいけど…あなたは、いいの?、もうおばさんよ」
「縄は、若い肌には馴染まない」
若い肌は、縄に反発する。
若い女の肌に食い込んだ縄は、ただただ痛々しいだけで艶がない。
俺は、絶対に少女は縛らない。
「うれしいようなそうじゃないような…」
亜希がつぶやいた。
亜希は、もうすぐ40になるはずだ。
ふと、縛られた母親の写真が脳裏をよぎった。
俺が子供の頃だ。
おそらく亜希と同じくらいの年齢だっただろう。
(カエルの子か…)
なぜ親父が、離婚してからもずっと母親をモデルに写真を撮り続けたのか?
詳しいことは知らないし、興味もないが…。
「わたしのオーナー、3人なんだけど、たいてい3人いっしょなの」
唐突に亜希が話し出した。
何が言いたいのか?俺は黙って聞いた。
「週に1回かせいぜい2回。で、後はフリーだから、スナックを手伝わないかって…」
「スナックを?理沙も、そうだな」
「ええ。美菜子さんのお店でしょ」
亜希の口から美菜子の名前が出た。
「美菜子とは知り合いか?」
「ええ」
“似たような人間はどこかで出会う”
由美子の言葉だ。
「美菜子の店を手伝うのか?」
「ううん。別のお店、篠塚がよく通ってたところ」
「いいのか。そんなところに…」
「篠塚の後援会の人たちもよく来るみたい。わたしには馴染みの人たちだし、困るのは向こうよ」
「美菜子さんとは、長いの?」
「いや、前の前の試合のあとだが、最近は会ってない」
「そうなの?」
亜希は少し驚いたようだ。
「どうかしたか?」
「ううん」
しばらく間があって亜希がしゃべりだした。
「あのお店の名前…」
「店の名?」
「ええ、セント=ジョアンって…」
(そう言えば、そんな名前だったな)
「ああ、おかしな名前だ。どうかしたか?」
「あなたがつけたんだと思ってた」
「俺が?どうして?」
「英語だと、セント=ジョアンだけど…」
(英語?)
どこかの教会かなんかの名前だと思って気にもしていなかったが…。
「そうか。なるほど…。それで、俺がつけた名前だと?」
「ごめんなさい」
(美菜子…不思議な女だ)
「あいつは、俺のこともお前のことも知ってたのかもしれんな」
「どういうこと?」
「いや、そんな気がするだけだ」
その夜、俺は、美菜子の店に寄った。
美菜子はおそらく絶対に来ないはずの金曜日。
「いらっしゃい」
やはり美菜子ではない。
理沙だ。
俺はカウンターに座った
「お久しぶり。何してたの?」
「拉致されて、監禁されていた」
「ふーん。で、逃げ出したの?」
「まぁな」
「ボトル…もう切れちゃったわね」
「いいんだ。酒は止められている」
「まだ体悪いの?」
「ああ、片足は棺おけの中だ」
「どういうこと?」
「死にかけているってことだ」
「ああ、そういう意味なの」
(世代の違いか?)
「お酒飲めないのね。どうしよう…、コーヒーでもいれようか?」
「コーヒーあるのか?インスタントじゃないだろうな」
「まさか。美菜子さんがね、いつも飲んでるから」
「はい、コーヒー。これは、おごり」
「いいのか?」
「出所祝い。うそ、退院祝い」
「知ってたのか?」
「知ってるわよ」
コーヒーの香りが漂った。
「理沙」
「何?」
「このコーヒー…」
「どうかした?」
「いや、さっき、美菜子が飲んでいるって…」
「そうよ。美菜子さんのコーヒーよ」
「どうしたの?なにかおかしい?ちょっと日にちがたってるから…」
「いや。だいじょうぶだ」
壁にかかった絵が目に留まった。
「絵が、変わったな」
きつく乳房の上下を縛られ、十字架にはり付けられた女の絵。
モデルは、美菜子ではない。
なぜか亜希だ。
「この絵?」
「この前、わたしのショー、撮ってもらったでしょ。そのとき、いっしょにいた子、覚えてる?亜希さんって言うんだけど、彼女の絵よ」
「どうして彼女の絵を?」
「さぁ?美菜子さんが変えたの」
美菜子に会いたくなった。
「美菜子は、今日は?」
「今日は来ないわ」
「そうか…」
「コーヒー、ありがとう」
俺が立とうとすると、理沙が顔を寄せてきた。
「美菜子さん、どこにいるか教えましょうか?」
「いいのか?」
「工藤さんにだけ」
「どこだ」
「クラブ・ノア」
「男といっしょか?」
「ううん。この頃よくノアに行ってるの。ノアのママに誘われてるみたい」
「継ぐのか、あの店を?」
「さぁ?」
俺が立つと、理沙が見送りに出てきた。
「あら、雨」
扉を開けると、小雨がぱらついていた。
「待って、傘、持ってくる」
理沙が店の中に戻ろうとするのを、俺は制した。
「いいんだ。雨は嫌いじゃない」
Body ZoneⅠ 美菜子の恋 END