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菜穂子の憧憬6-2
2.人違い
「ちょっと、コーヒー買ってくる」
そう言って、雅紀は車を、国道沿いのコンビニに止めた。
ここは、異様に駐車場が広い。
「菜穂子は何がいい?」
「いっしょに行きます」
車を降りようとしたとき、店から知美が出てくるのを見た。
「あれ、知美」
隣に男性がいた。
その男の顔には見覚えがある。
(えっ?知美が、どうして…)
男は、毎朝、電車で菜穂子の後に立つ痴漢だ。
菜穂子が急に黙り込んだ。
「どうした?」
「いえ、知美といっしょの男の人?」
「お父さんだろ」
「えっ?」
菜穂子は今度はもっと驚いた。
「お父さんって、…知美のお父さん?」
「ああ、一度、偶然、会ったことがあって、そのとき、確かそう言ってたけど。あれ、菜穂子、知らないの?」
「えっ、は、はい、会ったことないんで…お父さんとは」
「あまりに若いんで、最初は冗談だと思ったんだけど、後で聞いたら、本当のおとうさんじゃないんだってね。それで、納得したけど。俺とそんなに変わらないらしいよ、年は…おい、聞いてる?」
「は、はい」
返事はしたが、雅紀の言うことを聞いてはいない。
(知美のお父さんが痴漢?)
この前、電車を降りるときに、菜穂子が股間に手を当てたあの痴漢に間違いない。
雅紀に送られて家に帰った菜穂子は、考え込んだ。
(そう言えば、知美は、わたしが痴漢にあったことを知ってたし、痴漢は、たぶん、わたしがノーパンだってことを知ってた。でも、どうして、お父さんに?)
(会って、聞く)
菜穂子は意を決して、知美の家に向かい、途中で知美を近くのファミレスに呼び出した。
菜穂子が着くと、知美は先に来ていた。
「何なの、話って?」
菜穂子がアイスティーを注文し終えるとすぐに知美のほうからきいて来た。
菜穂子は、どう切り出したらいいのか迷ったが、勇気を出して単刀直入に話を切り出した。
「あのね、知美。わたし、毎日、電車の中で痴漢にあってたの。あれって、もしかして知美の知り合い?」
「何なの、急に」
「知美、わたしが痴漢にあったこと、知ってたよね」
「知らないわよ。でも、普通、会うでしょ。満員電車に激ミニでしかもノーパンときたら、痴漢されないほうが不思議。それにあの電車、痴漢で有名だし…」
「わたし、痴漢の顔を見たの」
「ふーん」
「知美のお父さんだった」
「えっ」
知美は一瞬、黙り込んだ。
「何言ってんの?っていうか、菜穂子、わたしのお父さん知ってる?」
「今日、知美と一緒にいるところを見たわ」
「見たって…どうしてお父さんだってわかるの?」
「雅紀さんが教えてくれたの」
「雅紀さんが…?」
「今日、撮影で雅紀さんに家まで送ってもらったの、そのとき知美を見たの」
「そうなの。で、わたしのお父さんが痴漢だって、間違いないの?」
「このあいだ、いつもはわたしの真後ろでお尻を触るのに、その日は、横にいて、だから顔が見えたの」
「このあいだって、いつ?」
「テストの日」
「テスト?わたしもいた?」
「ううん。知美は受けないから、いなかった」
「痴漢の顔を見たのって、その日だけ?お父さんが菜穂子を触ったの?」
「えっ」
そう言えば、その日は、触られたわけではない。
触ったのは、菜穂子のほうだ。
(まさか…違う人?やだ、わたし、勝手に思い込んで、うわぁ、わたしが触っちゃったし)
菜穂子は、知美の質問に答えられず、真っ赤な顔をしてうつむいた。
「どうしたの?触られたの?」
「ううん。その日は、触られてない」
消え入りそうな声で答えた。
「なによ。それ、どういうこと?」
知美は、はっきり怒った声で菜穂子に詰め寄った。
「ごめん、てっきり、そうだと思い込んじゃったの。人違いだったかも。ごめん」
(失敗。うかつだった。同じ人だっていう証拠はないわ。まいった)
「人違い?冗談じゃないわ…サイテー」
菜穂子には、返す言葉がなかった。
「ごめん。本当にごめん。怒らないで…ね、お願い」
知美は、しばらく菜穂子をじっと見ていた。
「ふーん。お父さんが痴漢かぁ…」
知美は、何か思いついたようだ。
「菜穂子、証拠もないのにわたしを疑った罰として…」
知美は、周りをうかがい、顔を菜穂子に寄せて、小さな声で菜穂子に告げた。
「うそ…そんなぁ」
「だめ、罰よ。いい、明日よ。わかった?」
知美は、菜穂子が、いつか見た怖い目をしていた。
その夜、しばらくぶりに帰って来た和也に再会したが、それを喜ぶ気分にはならなかった。