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亜希の反抗4-1
第4章
1.ジェラシー
夏休みが終わると、俊哉の学校は、すぐに文化祭の準備に入った。
進学校であるため、なるべく行事類は9月中に終わらせたいという学校の意向によるものだ。
亜希は、美術室に入ろうとする俊哉に偶然出くわした。
廊下には誰もいない。
亜希は俊哉のすぐ近くまで寄って話し掛けた。
「俊哉君、準備は進んでる」
「ええ、まぁ」
たとえ、二人きりであっても、学校では俊哉は全くの他人行儀だ。
「展示する写真決まったの?」
「ほぼ…」
口数も少ない。
「見せてくれる?」
「いいですよ」
二人は並んで美術室に入った。
由美子がいた。
「あら、元木さん、…もうすぐ完成ね」
「はい」
由美子は、伏目がちに返事をした。
彼女が描いているのは、イカロスだと彼女は言うが、亜希が見るかぎり、それは俊哉だ。
「どうぞ」
俊哉が、亜希の前に数枚の写真を置いた。
すべて由美子の写真だった。
確かに微妙な角度、光の関係で、はっきりと由美子と断定はできないものばかりであったが、まぎれもなく、全て由美子だった。
亜希は、言葉に詰まった。
(俊哉、本気?こんなの展示したら…、彼女の絵だって、見る人が見たらあなたがモデルだって気づくでしょ)
「ちょっと、工藤君…いいかな?」
亜希は、目で外に出るように俊哉に合図した。
「はぁ…」
「あなた、これを展示するの?本気?」
「まさか、桑村みたいなこと言うんじゃないですよね」
「桑村先生がどうかしたの?」
「呼ばれたんですよ」
「何で?」
「桑村、由美子のクラスの担任でしょ。」
「そうね」
「俺に彼女と付き合うなって」
「何?そんなこと…本当?」
「元木さんは、まじめでおとなしくて成績もいいわ。今は大事な時なの。わかるでしょ…だって」
「そんなこと言われたの」
「交際してはいけないって言ってるんじゃないの。節度のある交際をしてほしいの。それに、何も今じゃなくても、大学に行ってからでもいいでしょ…とも言われた」
「決り文句ね」
「いけないって言ってるんじゃないのよ…ってね。ただ、“いけない”って言ってないだけだろ」
「まぁ、あなたの評判も良くはないけどね」
「でもね、面と向かってはっきり言われるとね。こっちも意地になるし…」
「ふーん、で、意地であの写真っていうわけ?」
「いいえ」
俊哉は、きっぱりと否定した。
「きれいでしょ、あれ」
「はっきり言うわねぇ」
「…亜希にはね」
俊哉は、最後だけぼそっと小声で言った。
「えっ」
「だめですかね。やっぱり」
「あなたはいいかもしれないけど。彼女が…困らない?」
「そうですよね。やっぱり…。じゃぁ、おとなしく、こっちにしとこうかな」
そう言って、俊哉が見せたのは亜希の写真だった。
結局、亜希は、夏休み中に1回だけ俊哉に会った。
俊哉から台風の夜に撮った写真ができたと電話があり、亜希が取りに行ったのだ。
もちろん、持ってきてもらうことも、他の場所で会うことも出来たのだが、亜希は、わざわざ写真館に行った。
「写真を取りに来たわ」という亜希の言葉は、俊哉に無視されたが、亜希にしても、そうなることは承知の上だ。
その時、俊哉にせがまれて、また何枚か写真を撮った。
これは、その時の写真のうちの一枚。
濡れた唇を少し開いて、下から見上げている。
むき出しの肩が写っていた。
「ばか」
「うそですよ。出来たから、亜希に渡そうと思って持ってたんだけですよ」
「ねぇ、俊哉。…ぜったいだめよ」
「はいはい」
「で、展示する写真は他にあるの?」
「ありますよ」
「そう」
亜希は、まだ、動揺から抜け出せないでいたが、俊哉が立ったので、後に続いて、再び美術室に戻った。
「じゃ、先生。先に帰ります」
「えっ…帰るの?」
「ええ、練習があるんで…」
俊哉は、亜希にこぶしを握って見せた。
「そう」
「由美子、帰るから…」
俊哉は、由美子にも告げて部屋を出た。
「うん」
由美子の返事は小さかった。
取り残された亜希は、由美子の絵を後ろから眺めた。
彼女の描いているイカロスの表情は、まぎれもなく俊哉だが、亜希には、現実の俊哉よりも大人びた青年に見える。
おそらく由美子には俊哉がそう見えているのだろう。
亜希は、自分がイラついているのを感じた。
(俊哉は、もっと子供よ。そんなおとなじゃないわ)
思わず声に出そうになった。
(なに、むきになっているの、わたし)
「元木さん、あまり、遅くならないようにね。私も先に帰るから」
亜希がそう言うと
「はい、私も帰ります」
由美子が答えた。
「あっ、そう。じゃぁ」
亜希は、そう言って、立ち去ろうとして、ふと視線を感じた。
俊哉が自分を見ていたような気がした。
(そんな…先に帰ったはずなのに)
亜希は、美術室を出たが、やはり廊下には誰もいない。
廊下を歩いて職員室に向かいながら、亜希はだんだん胸が苦しくなってきていた。
(そうか…帰るところだったんだわ、二人。あんな話になったから、別々に…。写真を撮り直すのかしら?…)
亜希の頭に、先ほど俊哉が見せた写真の一枚が思い浮かんだ。
由美子の髪が乱れ、うつむいて…おそらく、泣いている写真。
悲しくて泣いている顔ではない。
なぜか急に胸が締め付けられた。
(あれはきっと、俊哉のスタジオ…。)
亜希もまた学校を後にした。