スポンサーサイト
新しい記事を書く事で広告が消せます。
沙希の悪戯1-3
3.元見習い
「ごめんなさい。お待たせして…、今日はなんだかばたばたして忙しくて…」
優作は、立って、入ってきた女を出迎えた。
女は、武宮静流(しずる)、43歳。
はやらないケーキ屋のオーナーであり、本部長の愛人だ。
たるんだ頬と二重あごはメイクでごまかし、ゆるんだ体は、補正下着という鎧でごまかしているが、漂ってくる品のなさはごまかせない。
店がはやらない理由はいくつかある。
細かく挙げれば、数限りなくある。
ただ、どれもこれもその元をたどっていくと行き着く先はたいていひとつだ。
すべての問題点の行き着く先、それは今、優作の目の前に座った。
“お待たせしました”
同じ言葉を発しても、“待たせて申し訳ない”という気持ちが伝わってくる人と、逆に、高飛車な態度が鼻につくやつがいる。
実際、優作はかなり待たされた。
まぁ、まだ20代の若造だから、待たされることは少なくはない。
そして、静流の言い方は、後者だ。
静流はその名前とはうらはらに、ハイトーンでしゃべり続ける。
話の大半は、店長、久保陽一に対する愚痴だ。
優作は、静流に気づかれないように壁の時計を見た。
かれこれ40分。
この女は、一日の大半を、こうやって愚痴を言って過ごしているのだろう。
さぞや“多忙な日々”を送っているに違いない。
「そろそろ、お店のほうに伺いたいのですが…」
優作は、やっとのことで話の切れ目を見つけ出し、言葉を挟んだ。
「そう?じゃぁ、お願いするわね。誰かに送らせましょうか?」
「いえ、歩いていけますから」
「ごめんなさいね。わたしがもっと見られればいいんだけど、忙しくて…」
(“もっと見られれば…”、もっと見てれば、とっくに潰れてただろうよ)
問題のケーキ屋は、静流のオフィスから徒歩で6分の場所にある。
店には近くに駐車場がなく、借りている駐車場は、静流のオフィスとは逆方向に徒歩5分。
従って、車で行くより歩いたほうが早い。
歩いてもたかだか往復で12分。
30分、時間があれば、“ちょっと顔を出す”程度はできる。
愚痴を40分も話す時間はあるが、店に顔を出す時間はないというわけだ。
「はじめまして、店長の久保です」
店長の久保陽一は、優作に深々と頭を下げた。
30代半ばだろうか、優作が想像していたよりはるかに若い。
どこかおどおどして落ち着きがないという印象。
接客にはまるで向いてない。
店長というよりはケーキ職人と言うべきか?
優作は、あいさつもほどほどに、店内を見て回った。
と言っても、回るほど広くもない。
「あのぅ、ちょっと訊いていいですか?」
年下である優作は、ことさらに気をつかった訊き方をする。
「あぁ、はい、何でもどうぞ」
「ケーキは、ここで焼いてるんですか?」
器具はあるが、使われている形跡がない。
「いえ、前は、ここで焼いてたんですが、今は…」
「今は…、どうされてるんですか?」
「系列にパン屋さんがあって、そこで作ってます」
(系列?)
確か、静流の実家がパン屋だ。
「オーナーのご実家?」
「ええ、はい、そうです。よくご存知で…」
(ばかか、お前?俺は、オーナーに呼ばれて来てるんだ)
「なんでやめちゃったんですか?」
「前の店長が、やめちゃったので…」
「やめられた方が、職人さんだったってことですか?」
「はい」
「で、久保さんは、以前からずっとここに?」
「はい、見習いだったんですけど、うまくできなくて…」
(ケーキを焼けない元見習い職人が店長?)
優作は、久保との話を打ち切り、店のほうに回った。
店内は、掃除は行き届いてきれいだ。
これだけは申し分ない。
たぶん、静流に厳しく言われているのだろう。
(こんなことしかチェックできないんだろうな…)
静流に頭ごなしに叱られる久保の姿が目に浮かんだ。
優作が振り返ると、その久保が申し訳なさそうな顔をして黙って立っていた。
「あっ、いえ、わたしは、あら捜しに来てるわけじゃありませんし、いろいろ逐一オーナーに報告するわけでもありません。気を遣わないで仕事に戻ってください。すいません、お手間を取らせて…」
「あっ、はい。では…」
久保は、奥に戻っていった。
そこに戻っても何もすることがないだろうに…。
(こいつ何なんだ?)
店には、20代前半のバイトの女性がいる。
ここでケーキを作ってないなら、販売員がいればそれでいい。
久保は、どう見てもショップ店員には向かない。
(バイトに聞いてみるか…)
ただ、バイトの娘に店や店長のことを店内で訊いてもなかなか本音は聞きだせない。
優作が、店番の娘に話しかけようとしたとき、客が来た。
高校生だ。
「こんにちは」
「あら、沙希ちゃん。今日、“出”だっけ?」
「ううん、今日はお客」
「そう」
どうやら、沙希ちゃんと呼ばれた彼女もここのバイトらしい。
(こっちに訊くか…)
優作は、沙希の方に歩み寄った。