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美菜子の恋2-3
3.うちに来る?
床のきしむ音で目が覚めた。
美菜子にベッドを貸して、俺はソファに寝た。
ベッドは二人でも寝られる大きさだが、俺は眠るときはひとりだ。
目を開けると、美菜子が俺を覗き込んでいる。
「おはよ」
「ああ、おはよ」
「ねぇ、わたしの服、どこ?」
美菜子は裸のままだ。
ソファの上に置いてあったのを俺が片付けた。
「ああ、すまん。クローゼットの中だ」
「そっちじゃない」
美菜子はクローゼットとは反対側に向った。
「シャワー浴びるの」
「そうか」
今日は頭痛はしない。
とりあえず、朝は…コーヒーだ。
俺はコーヒーを沸かした。
「コーヒー入ってるぞ」
「ありがとう」
美菜子は裸のままカップを受け取ってテーブルに座った。
(挑発してるのか?)
「着ないのか?」
「後で…」
「何の?」
「これ飲んだら…」
美菜子は、熱いコーヒーをすする。
「服着ると、今日が始まっちゃうの。裸のうちは、まだ昨日」
(また、おかしなことを言う)
「じゃぁ、まだ昨日かゆっくりできるのか?」
「お昼前に出かける」
そう言って、カップを置いて立ち上がった美菜子を俺は後ろから抱き寄せた。
「ねぇ」
「ん?」
「今日、お店に来る?」
「さぁ、わからん」
「うちには来る?」
「お前の家?」
「ええ」
美菜子は、俺の腕をすり抜けて、クローゼットへ行き、服を着た。
「来る?」
美菜子はもう一度訊いた。
「これ、鍵」
美菜子の手に部屋の鍵が握られている。
「いいのか?」
「ええ、いつでも…」
俺は鍵を受け取った。
その日、俺は、ジムからの依頼で、後輩のボクサーのセコンドについた。
熊谷恭一。
世界戦も経験したジムの中ではトップクラスのボクサーだが…。
世の中には、いくら練習しても越えられない壁というものがある。
どんなやつでも、それ相応の訓練をつめば、ある程度までは行く。
が、そこまでだ。
ある程度を越えるには、根性だの努力だのというものではない他の何かが要る。
それを持って生まれてこなかったものは、その壁は永遠に越えられない。
それが現実というものだ。
熊谷も壁の前で、もう3年になる。
そろそろ、見切りをつけたほうがいい。
その日の対戦相手は、日本フェザー級3位、柳沢 徹治。
世界戦に敗れた熊谷の復帰第1戦だった。
パンチ力のない熊谷は、小さくパンチを繰り出しては、相手のパンチをステップでかわす。
決して打ち合わない。
代わり映えのしない相変わらずの試合だった。
試合は、8ラウンド、それまで若干優勢だった熊谷が拳を痛め、途中棄権。
あっけなく終わった。
これで、戦績は24戦、16勝5敗3分、16勝のうち、KOはわずかに3試合しかない。
客を呼べない男だ。
ただ、この日の客席はほぼ満席。
熊谷の試合は、メインではない。
メインイベントは、三沢真一、9戦無敗、売り出し中の19歳の若者の試合だ。
若いのに、天性といえばそれまでだが…、華麗なステップ、見事な上体のさばき。
たぶん、並外れた動体視力を持って生まれてきたんだろう。
相手のパンチをすべてかわす天才ボクサー。
しかも過去9戦、すべてKO勝ちしている。
世界ランカー熊谷が前座になるのもしょうがない。
三沢の試合は、わずか3ラウンドで終わった。
相手が、コーナーに詰められ、いいように殴られ、連打を浴びたところでレフリーが中に入って、試合をとめた。
観客は、歓喜の声をあげた。シナリオ通りだ。
持って生まれてきた者とそうでない者。
えらそうに解説しているが、俺もまた、何も持って生まれてこなかった者のひとりだ。
それはプロになる前からわかっていた。
国内ランク2位、俺の実力は、まぁ、そんなもんだろう。
ただ…。
才能のない者は、才能じゃないものを武器にする。
勝ち誇った三沢の顔が俺のまぶたに焼きついた。
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