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亜希の反抗5-1
第5章
1.BODY ZONE
文化祭当日、例年なら、ほとんど誰もやってこない芸術部のブースが、今年は人で埋まっていた。
目当ては、俊哉の出品した写真2点と由美子の絵。
俊哉の作品。
それは、お腹だった。
1枚は仰向けの女性のお腹を真正面から。
もう一枚は、横向きのもの。
強い光が当たった白黒の写真は、柔らかなふくらみと曲線を伝え、いやらしさは微塵もなかった。
タイトルは“BODY ZONE”。
多くの生徒が、この作品に集まった。
ただし、その芸術的な価値とは裏腹に、生徒たちの関心は、もっぱら、この被写体が誰かということにだけ注がれていた。
正確に言えば、誰なのかはすでにわかっていて、その彼女のお腹の写真を見る口実が、モデルは誰かという話題だったというべきかもしれない。
ほとんど全ての生徒が、被写体は由美子だと思っていた。
展示された写真の横には、由美子の絵が展示されている。
身体を反らせ、太陽の光を手で遮るように右手を顔の前に持ってきたイカロスの絵。
羽さえなければ、それは右腕でガードし、左腕でボディにアッパーを打つ瞬間の俊哉そのものだった。
由美子は、作品の展示されたその部屋にいたが、誰も彼女に話しかけない。
彼女を見る周りの目は、好奇に満ちたものだった。
「…あれって、裸だよな…やった後に撮ったのかねぇ…」
そんな言葉が、由美子の耳に届いた。
「わたし、お昼にするから…」
由美子は似顔絵コーナーにいる後輩に、そう告げて部屋を出た。
彼女が部屋を出ると、とたんに会場が騒がしくなった。
もともと友人は多くない。
独りでいることの多かった由美子は、孤立することには慣れている。
俊哉とつきあっていることも、知っているものはほとんどいない。
別に他人になんと言われようと、それを気にする由美子ではなかったが、今日は違った。
あの写真が、自分であったなら、こんな思いはせずにすんだ。
きれいな写真だと由美子自身も、そう思っている。
それが、自分であったらどんなによかったか…。
それが悔しかった。
自分でもないのに…自分でないことが、こんなに悔しいのに…それなのに回りはそれを自分だと勘違いしている。
(それは…わたしじゃなくて…佐々木先生なのよ…)
由美子は、それを口にして大声で言ってしまいたかった。
だが、それを口にすれば、俊哉もただではすまない。
やり場のない怒りが由美子を支配し始めていた。
俊哉は、午前中、校長に呼ばれていた。
(もしかして、展示した写真のことだとしたら…)
亜希は、気が気ではなかった。
「なにかやったんですか?工藤君」
亜希は、俊哉の担任の武市に訊いた。
「どうも、ホテルに行ってたらしいんですよ」
「ホテル?」
「まぁ、あの…ラブホテルですよ」
武市は言いにくそうに話す。
「工藤君が?」
「生徒の親が、彼がホテルから出てくるところを見たと…」
「誰と?」
「さぁ、その親も、工藤の顔は知っていたようですけど、いっしょの女の子までは知らないと…」
「工藤君の顔を…?」
「けっこう、顔は売れてるみたいですよ。特に同学年の親には…」
「そうなんですか?」
結局、工藤はホテルに行ったことを認めなかった。
延々2時間、頑として認めなかった。
単なる目撃証言だけで、校長もそれ以上は無理だと判断して、彼を帰した。
「どうしたの?」
亜希は、俊哉を捕まえて聞いた。
「何が?」
「校長の話」
「別に…」
「行ったの、ホテル?」
「さぁ?…だったらどうだって…?」
「うん?…ごめん…別に…」
「写真の件で何か言いたかったんだろう、きっと…」
「どういうこと?」
「写真自体は、文句を言われる筋合いはない…だろ?」
「そうね…まぁ、私が見ても、信じられないくらいきれいだった」
「でも、写ってないところがどうだったのかって聞きたいわけだ…教師としては…違う?」
「そうでしょうね…きっと」
「答える必要はない」
「それもそうね」
「で、なんだかわからない話を持ちだして…あなたが普段からこうだから疑われるのよって前置きを作って、信用できないから聞くの。あの写真のモデルは誰?と来る」
(なんて子…なにもかもみんなお見通しだわね)
「で、どう答えたの?」
「写真を撮るのは、うちの商売で…あれは1時間3万円のモデルだって」
「そう…それって高いの?そんなものなの?」
俊哉は、呆れ顔で亜希を見た。
「ごめんなさい」
俊哉の表情が和らいだ。
「俺、飯食ってくる」
「じゃぁ」
(1時間3万円のモデルか…。モデルもいいな)
とりあえず、事なきを得て亜希は気が軽くなった。
芸術部の展示ブースを覗いた亜希は、由美子がいないことに気がついた。
「元木さんは?」
「さぁ、お昼に行ってから、帰ってきてません」
「そう?」
亜希はしばらく由美子を探して、ようやく美術室に一人、ぽつんと座っている由美子を見つけた。
「元木さん」
由美子は、亜希を見たが、すぐに視線をそらした。
「どうしたの?具合でも悪いの?だいじょうぶ?」
由美子は答えなかった。
亜希が近寄ると、由美子は、すっと立ち上がった。
「先生、私、べつに大丈夫ですから…心配要らないですよ」
そう言って、由美子は亜希の横を通って美術室を出ていく。
亜希は、何も言えず、ただ由美子の後姿を見つめるだけだった。