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オンナごころと少年と(1)
作:桃沢りく
1
「すみませんでした。わざわざ一緒にきてもらって」
「すみません。じゃなくて、ほかの言い方、あるでしょう?」
「……ありがとう?」
「ピンポーン!」
僕の前を歩く祥子さんは、花模様のスカートの裾を翻してふわりと舞った。
「あ、危ないですよ。そこ、車道です」
「なあに? 大丈夫よ。ここは車なんてめったに通らないんだから」
めったに通らないからこそ、危ないんじゃないのかなあ。
そんな、心配症の僕の予感は、たいてい当たってしまうんだ。
「祥子さん、危ない!」
「きゃあ!」
腕を掴まえた祥子さんのスカートをかすめて、一台の外車が通り過ぎていった。
「だから、言ったじゃないで、すか……」
歩道と車道の中間で、僕は祥子さんを抱きしめていた。
柔らかくて弾力があって、いい匂いがする祥子さんの身体が僕の腕のなかにある。
「……ごめんなさい」
祥子さんの吐く息がシャツを通して僕の胸を熱くする。
「ごめんなさい。じゃなくて、ほかの言い方があるんじゃないんですか?」
「ありがと」
ふざけたつもりの僕のセリフに、素直に『ありがとう』と言える祥子さんはオトナだ。
いとこの和之兄さんに勉強を教わっている僕は、週に3回祥子さんと会う。
祥子さんは、和之兄さんの奥さんだから。
勉強のあとで毎回ごちそうになる祥子さんの手料理は、週に2回はめちゃくちゃ美味しくて、1回はとんでもなくマズイ。
見たこともない野菜を使った、食べたことのない味の料理。
和之兄さんが『祥子の料理はロシアンルーレットみたいだ』と言い。
僕が『ロシアンルーレットなら、外れは6分の1で済むのにね』と言う。
こんな楽しい日々も受験が終われば、それまでだ。
大学生になったら彼女を作って楽しく過ごそう。そう思っていたのはいつまでだったかな。
祥子さんのような人は、きっとほかにはいない。
だから僕が、楽しく過ごせる時間は、あとわずかなんだ。
「ねえ、あっち行ってみよう!」
「駅から遠くなっちゃうんじゃないですか?」
「いいから、行こう!」
祥子さんに手を引かれて長い坂を登る。
振り返ると、僕たちの後ろには、手を繋いだふたりの影が長く伸びていた。
「あったあった、ここよ」
この公園を目指してたのか。
僕の手を引いて、ずんずん歩いていく祥子さんが、ひとつのベンチの前で立ち止まる。
「あっち、向いて」
「はい」
「なにが見える?」
「空……?」
「もっと、下よ」
「……海……港が、見える」
「ふう……」
ため息をついた祥子さんが、僕の手をようやく離した。
そうだった。さっきからずうっと祥子さんに手を握られていたのに、僕はあんまりなにも感じていなかったんだ。
離れて初めて、祥子さんの手のぬくもりを意識する。
「願書をもらった帰りに、ここから夕陽をみると絶対合格するんだからね」
額に汗を浮かべて、輝く祥子さんの笑顔。
そうだったのか。だからわざわざ一緒にきてくれたんだ。
「わたしの顔を見ちゃダメッ!」
「はあ……」
「太陽を見てるのよ。最初から最後まで、海にすっかり沈んでしまうまで、ずうっと見てるの。一度だって目を離したら、ダメなの。いーい、わかった?」
「わかったよ。祥子さん」
オレンジ色した太陽の下端が海に触れて、水平線がにじんで見える。
ゆっくり、ゆっくり、海のなかに潜ってゆく。
わずかに残った上端が、最後の輝きを地上に放ってから、海に沈んだ。
横に立った祥子さんに視線を戻すと、まだオレンジ色に染まった顔に影がさしてきて、みるみるうちに暗くなる。
帰りましょう、と言うかわりに、僕は唾をごくんと呑み込んだ。
「少し、座ろうか」
祥子さんの言葉が、甘いトゲのように僕の胸を刺した。
好きな女性と、暗くなった公園のベンチに並んで座っていて、平静でいられる男なんているわけがない。
そうなんだ。僕は祥子さんのことが好きだ。
和之兄さんから、婚約者だと紹介されたあのときから、僕はずっと祥子さんを好きだったんだ。
「ねえ、気がついた?」
笑いを含んだ祥子さんの声が、耳のすぐそばで聞こえる。
囁くような押さえた声は、いつもの大らかな祥子さんとは別人のように秘密めいている。
急速に暗くなった公園内を見回した僕は、祥子さんの言葉の意味を理解した。
たいして広くもない公園は、がらんとした広場のようになっていて、子供が遊ぶ遊具などもない。
古ぼけた木のベンチが置かれているだけだった。
広場の中心を向いて置かれたいくつものベンチは、等間隔を保って円を描いている。
その、どれにも、漏れなくカップルが座っていたんだ。
男は女の肩を抱き、腰に手を回すか腿に置くかしている。
顔を寄せ合うカップル、キスを交わすカップル、服の上から女の胸を掴む男の手。
ミニスカートのなかに手を入れる男、のけぞる女。
男の股間に顔をうずめている女……。
見ていられなくなって目をそらすと、祥子さんと目が合ってしまう。
「うふふ……純情な少年には、刺激が強すぎたかなあ?」
からかいの色を祥子さんの瞳のなかに感じた僕は、カアッと身体が熱くなる。
悔しい。祥子さんに子供あつかいされていることが悔しい。
「キスだけなら、してあげてもいいよ」
驚いて固まっている僕に、祥子さんの顔が近づいてきて、あっというまに唇が僕の唇に触れた。
目を閉じた祥子さんの顔が近すぎて、僕の両目は焦点を結べない。
すぐに離れてしまった祥子さんの顔が、まだ目の前にあった。
「ねえ、初めてなの? キス……」
こんな表情の祥子さんをみるのは初めてだった。
週に3回、会っていても、こんな……。
僕の頭にその言葉が浮かんだ。
みだら……。淫らな顔をした祥子さん。僕にキスをした祥子さんが、目の前にいた。
祥子さんの唇めざして顔を近づける。
口紅をつけているのかいないのか判然としない祥子さんの自然な色の唇。
誰かの唇をこんなに近くでみるのは初めてだ。
柔らかくて、ほんのり温かかった唇に、もう一度触れる。
アイドルタレントや、クラスの女子を相手に頭のなかでシュミレーションしていたキスを、祥子さんとしてる。
もっと深く唇を重ねあい、相手の口のなかに舌を入れてからめあったりするディープキスも、僕はシュミーレションしたことがある。
思い出すと同時に、それを実行していた。
腕を掴むと、祥子さんの身体がビクッと反応する。
オトナの男になったつもりで、祥子さんの身体を抱き寄せる。
シュミレーションどおりに、自然な感じに祥子さんが僕に抱き寄せられてくれる。
遠慮を知らない僕の舌が、祥子さんの唇のすきまからなかに入り込む。
舌と舌が触れ合った瞬間、僕の下半身は完全に目覚めた。
思考回路を下半身に乗っ取られた僕のシュミレーションは役立たずになった。
祥子さんの唇を強く吸い、口のなかをめちゃくちゃにかきまわす。
力任せに抱きしめた身体に、下半身を押しつけた。
「ん……っ……」
鼻から洩れる祥子さんの甘い声を聞いた僕の身体は暴走し始めていた。
もう、僕自身にも止められない。
誰にも止められないと思っていたのに、祥子さんが僕を止めたんだ。
「あっ!」
僕は、思わず声を出していた。
祥子さんの、唾液で濡れて光った唇が言葉を発する。
「すっごい、硬くなってるね」
祥子さんがまた、淫らに微笑んだ。
「手、放してください」
「どうしてぇ?」
どうしてもこうしてもなかった。
男の武器であり最大の弱みでもある場所を握られてしまっては、どうしようもない。
「や、やめて、くださいよぉ」
身を捩って、掴まれた手から逃れようとする僕を見て、祥子さんが笑う。
「うふっ……」
「笑いごとじゃないですってば!」
「こんなになってちゃ、電車に乗れないね」
「誰のせいですか!」
「責任とってあげよっか?」
シュミレーションしたことのない事態に陥った僕は、祥子さんにすべてを任せるしかなかった。
ズボンの上から掴まれただけでも、どうにかなりそうなくらい刺激が強かったのに、祥子さんの手がファスナーを下げた。
「ブリーフなんだ」
「ボクサーブリーフです」
「へえ、そういうのがあるの?」
和之兄さんはトランクスなのかなあ。
僕の脳が、警告を発した。
祥子さんは、和之兄さんの奥さんだぞ。これ以上なにもするな。今ならまだ引き返せる。
警告は、僕の下半身にまでは届かなかったらしい。
「こんなとこにボタンついてるんだ?」
不思議そうに顔を近づけてきた祥子さんの息が、僕の腹にかかる。
公園内は、外灯がついていて、けっこう明るかった。
誰かに見られるんじゃないかとあたりを見回した僕は、驚いて息を呑んだ。
さっきまで、肩を抱き合ったりキスをしていただけのカップルたちは、みんなもっと過激な行動に移っていた。
ほとんど裸に近い姿になっている女の胸を背後に座った男が揉みしだいている。
膝に女を座らせた男の足元に、くしゃくしゃになったズボンが落ちているのを発見して、ドキッとする。
男が腰を揺するたびに、膝の上の女はのけぞっている。
その隣のベンチには誰も座ってなかった。
芝生の上に、もぞもぞ動く塊がある。
絡まりあった男と女は、正常位でセックスしている。
スカートが捲くれ上がり、あらわになった太腿がやけに白い。
「もうっ! ボタンがめんどくさいっ!」
いきなりボクサーブリーフを下げられて、僕の分身がぶるんと震えて外気に晒される。
「ふーん、ちゃんとオトナなんだあ」
「あ、あたりまえですっ!」
「ふふっ……かぁわい」
矛盾したことを言って祥子さんが僕の分身をじかに掴む。
自分以外の人の手に初めて触られた僕の分身は、武者震いのようにぶるっと震えてますます上を向いた。
これから、祥子さんの手でこすられてイカせてもらえるんだあ。
和之兄さん、ごめんなさい。
「うわぁ! な、な、な、なにすん……」
いきなりの奇襲攻撃に僕は早くも撃沈しそうになる。
祥子さんに咥えられた僕の分身は、ビクビクと脈打っていた。祥子さんの口のなかで。
見下ろす僕の目の前で、祥子さんが僕の分身から口を離す。
「んー、おいしい」
根元と真ん中を掴んだ祥子さんが、舌先で先っぽを舐める。
僕を見上げる祥子さんの顔は、みたこともないくらいすっごくいやらしかった。
「飲んでもいい?」
「えっ、なにを?」
「飲みたいの、口のなかに出してね」
「そ、そんなぁ……」
うろたえる僕に妖しい笑顔をみせてから、祥子さんはふたたび僕の分身を口に入れた。
「あっ……」
一気に深く咥えられた僕は、それだけでイキそうになり必死でこらえた。
吸い上げながら、祥子さんの唇が僕の分身を吐きだしていく。
先っぽを、キュッと強く吸われる。
「あっ!」
ゆっくり呑みこまれていく感覚に、背中がぞくりとした。
上あごの内側のざらざらしたところで、何度もこすられる。
ノドの奥にぐいっと吸い込まれ、先っぽがなにかに当たったと思った次の瞬間、僕は見事に祥子さんの口のなかに放っていた。
「ああぁーっ! しょ、祥子さん、ご、ごめんなさい」
顔を上げた祥子さんが、赤い舌で唇を舐めた。
本当に、飲んじゃったんだ……。
「うふっ、おいしかったよ」
祥子さんの濡れた唇からのぞく赤い舌が、小さな生き物のようにチロチロと動く。
何事もなかったように、僕の隣に座った祥子さんの手を握る。
唇をみつめていると、祥子さんが目を閉じた。
3回目のキスは、ちょっとイヤな味がしたけど、祥子さんは僕を離してくれない。
それどころか、キスをしながら僕の手首を握り、その手をスカートのなかに導いたのだ。
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