スポンサーサイト
新しい記事を書く事で広告が消せます。
被虐(4)
被虐(4)
千夏は、顔にかかった男の精液をティッシュでふき取った。
「君、中沢君だよね」
(えっ)
突然、名前を呼ばれた。
(まさか…専務?)
男は、千夏の勤めていた会社の専務の高木だ。
千夏は、振り返って背後にいる、今、千夏の口の中に出した男を見た。
(社長)
まぎれもなく社長の及川だ。
千夏の会社は、IT関連で、役員は皆若い。
社長と専務は大学時代からの友人で、まだ30代半ばだ。
「君、突然、休んで…、連絡もつかないし…、こんなところで…」
高木は、千夏の所属する総務部の担当役員だ。
「違います」
千夏は、うつむいて小声で否定した。
「違わないよ。どうしたんだ?お金が必要だったのか?お父さんの会社のせいか?」
「違います」
こんどは、もっと大きな声で否定したが、その否定は、自分が千夏であることの肯定だ。
「まぁ、なんだ、どんな事情かは知らないが、とにかく一度、会社に顔を出しなさい。辞めるのしても、なんにしてもちゃんと手続きってもんがあるんだから…」
及川が口を挟んだ。
千夏は、黙って小さくうなずいた。
男達が帰ってしばらくすると、今度は別の男が迎えに来た。
また、裸で連れ出される。
今度は、男の真後ろに隠れて歩いた。
部屋に戻ると、薫がパソコンに向っていた。
「お帰り」
薫の声は、いつもやさしく響く。
「ただいま」
自分の家に帰ってきたみたいだ。
千夏は、会社の上司に知られたことを薫に告げた。
「そうか…」
薫はパソコンを閉じると、千夏をベッドに寝かせ、自分も横に並んだ。
「どうする?」
「どうするって?」
「会社に戻るか?」
(えっ?)
予想外の言葉だった。
「戻れないわ。きっとくびよ」
「そうかもな、でも、社長に会ったんなら、一度会社に行ったほうがいいだろう?」
「いいの?」
千夏は半信半疑で訊いた。
「ああ。かまわんぞ」
(外に出てもいいの?どういうこと?)
理由もわからず、つれて来られて、今は、出ていってもいいと言う。
それは、うれしいことのはずなのに、心が弾まない。
薫が立ち上がり、デスクの引き出しの中から何か取り出した。
「お前のアパートの鍵だ。会社に行くなら、部屋に戻ったほうがいいだろう」
「今から、戻っていい?」
「ああ。誰かに送らせるよ」
「ありがとう」
なぜか涙が出た。
アパートは、何も変わっていなかった。
突然、連れ出されて3週間。
わずか3週間なのに、ここに居たのは、ずいぶんと昔のような気がする。
「ばか」
千夏は、ひとことだけつぶやいた。
涙が止らない。
翌日、昼近くになって、千夏は出社した。
誰がそう言ったのかはわからないが、千夏は病気ということになっていて、千夏の顔を見るなり、課長が“もう、いいのか?”と近寄ってきた。
「ええ、…はい、まぁ…。ちょっとお話が…」
辞めるつもりだった。
「ちょっと待って、専務に連絡するから…」
課長が電話をしている間、千夏は多くの視線を感じた。
誰もがただじっと千夏を観察している。
きっと、いろいろな噂があったに違いない。
「専務が呼んでいる。すぐ行きなさい」
「はい」
千夏は、すぐに高木の部屋に向った。
千夏が部屋を出て行くと、とたんに背中で話し声が聞こえた。
高木の部屋に社長の及川までいた。
「こっちに座って…」
腰をかけた千夏の前に二人が並んで座る。
千夏は緊張した。
「一応、病気ということで休職扱いにしておいた。いつでも復帰できるぞ」
高木のほうから先に切り出した。
「ありがとうございます」
だが、今さら復帰する気もない。
「せっかくなんですが、辞めさせていただこうかと…」
千夏は、バッグから退職願を取り出して高木に渡した。
「辞めるのか?どうして…。理由はなんだ?よかったら話してくれないか?」
「いえ、すいません。個人的なことなので…」
「あそこに勤めるのか?」
千夏は、もう何度か高木と及川の相手をしたことを知っているが、高木は知らないようだ。
「お金で困ってるんなら、言ってごらん」
高木が、千夏の横に座りなおした。