スポンサーサイト
新しい記事を書く事で広告が消せます。
秘密 1
秘密 1
亜矢に指名が入った。
人妻クラブは通称で、正式には、西崎家政婦紹介所という。
表向きは単なる家政婦紹介所で、別に性的なサービスをうたってはいない。
もちろんデリヘルではないので、指名という制度はないが、まれに口コミの情報で“だれそれ”と個人を指名してくる客がある。
客の名は、里中俊彦。
48歳、会社役員、支払いは、クレジットカード希望とあった。
きっと誰かから亜矢の事を聞いたのだろう、亜矢には、名前に覚えがなかった。
「こんにちは」
ドアが開いて顔を出したのは、驚いたことに高校生ぐらいの少年だった。
「里中さん?」
「はい」
「クラブから来ました」
「ああ、どうぞ」
亜矢は、とりあえず、部屋の中に入ったが、この少年しかいないようだ。
基本は家政婦なのだから、立会いの相手が高校生でもかまわないのだが、依頼者と明らかに違っている。
「あのぉ、里中俊彦さんからの依頼で来た家政婦ですけど…」
「はい」
「俊彦さんは?」
「ああ。父は外出って言うか…、いないんです」
「いない?」
「転勤で、ここには住んでません」
「じゃぁ、もしかしてクラブに電話したのは、あなた?」
「いいえ。それは父です。僕が一人暮らしなんで…」
「ああ、そういうこと」
一人暮らしの息子のことを思って父親が家政婦を頼んだのだろうと亜矢は考えたが、ちょっとおかしい。
亜矢は指名されたのだ。
家政婦を頼むのなら、普通の家政婦紹介所に頼むのが普通だ。
もし、クラブのことを知らずに単なる家政婦紹介所だと勘違いしたのだとしたら、そんな人が亜矢のことを知っているはずがない。
亜矢のことを知っていて、高校生の息子のところに来させたというのだろうか?
だとしたら、どんなサービスをすればいいのか?
亜矢は迷った。
「お父さん、わたしのことをどこかで聞いたのかしら?」
とりあえず、亜矢は目の前の少年に訊いてみた。
「えっ…」
少年は困ったように顔を伏せた。
「本当にお父さんが電話したの?」
「本当です。ただ…」
「ただ…何なの?」
「僕が紹介所の電話番号とあなたの名前を父に言って、かけてもらったんです」
「あなたが?」
「はい」
「でも、どうしてあなた、わたしのことを?」
「裕幸さんから、聞いたって…」
「ええ」
「ヒロユキ…って、えーっと…松永さんから、聞きました」
「松永って、松永裕幸さん?」
「はい」
松永裕幸。
先日、亜矢が訪問した大学生だ。
どうやら彼から亜矢のことを聞いたらしい。
「裕幸さんとは、とは、どんなお知り合い?」
「同じとこでバイトしてるので…」
「バイトしてるの?」
「はい」
亜矢は困った。
裕幸から何を聞いたかは知らないが、高校生を相手に裕幸にしたようなことができるわけではない。
オーダーしてきた父親だって、亜矢を家政婦だと思っているに違いない。
「ごめんなさい。裕幸さんと同じようにはできないわよ」
亜矢は、はっきりとそう言った。
「できないんですか?」
少年はあきらかにがっかりした表情を浮かべた。
亜矢は、少し気の毒に思えた。
「掃除とか、洗濯とか、食事の準備とかはできるけど…」
少年が不思議そうな顔をする。
「それでもいいかしら?」
「それでもって…それでいいんですけど」
(はぁ?)
「それじゃ、だめなんですか?」
逆に聞き返された。
「裕幸さん、わたしのことをどんなふうに言ってたの?」
「優しい人だって…」
(優しい人?えっ…、それだけ?)
「お願いがあるんです。だめならだめでいいんです。無理にっていうことじゃないんで…」
「何?」
「僕、料理、教わりたいんです」
「料理?」
「そんな難しい料理じゃなくていいんです。ご飯の炊き方とか、チャーハンとかカレーとか。僕、何もできないから…。教えてくれなくてもいいんです。作ってくれてるところを見させてくれれば、それでもいいです」
(そんなこと?)
「裕幸さん、わたしが料理を教えてくれるって言ったの?」
少年は首を振った。
「ごめんなさい。本当は、直接聞いたんじゃないんです。松永さんが、他の人と話してるのが聞こえて…」
(そういうことだったのね)
「あなた、名前は?」
「直人、里中直人です」
「高校生?」
「はい、2年です」
「そう。立ち入ったことを聞くけど、お母さんもお父さんといっしょに行ったの?」
「母は、僕が小さい頃に亡くなりました」
「そうなの。ごめんなさい」
「いいです。全然記憶も無いですから…」
「わかったわ。木曜日なら4時半から7時半に来れるわ。それでいい?」
表向きは、家政婦紹介所だ。
家政婦としての料金設定もある。
「はい。かまわないです」
「わたしも、そんなに料理はうまくないけど、教えてあげるわ」
「本当ですか?」
直人の表情が打って変わって明るくなった。
(かわいい子)
亜矢は、玄関で直人に言った。
「じゃぁ、今度の木曜日」
「はい。あっ、これ、鍵です」
直人が亜矢に部屋の鍵を渡そうとする。
「だめよ。誰もいないところには入れないわ。そういう規則なの」
「そうなんだ」
「そうよ。…それと、そんな簡単に鍵をわたしちゃだめよ」
「すいません」
「それから、わたしがここに来ることを誰にも言わないでね」
「はい」
「裕幸さんにも言っちゃだめよ」
「秘密なんですね」
裕幸から、人妻クラブのサービスを聞かれるのは具合が悪いので亜矢はそう言ったのだが、直人の言葉に、胸がどきっとした。
続きを読む⇒ (2) (3) (4) (5) (6)
« 双子のエステシャン l Home l 秘密 2 »