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被虐(5)
被虐(5)
「いえ、そういうわけでは…」
「お父さんの話は聞いている。相当厳しいらしいね」
「父とは関係ありません」
実際、父親のことは何も知らない。
「あそこだと、月にどのくらいになるんだ?」
「…」
あそこで働いていたわけではない。
ただ、突然、襲われて、監禁されていたのだと言って、信じてもらえるだろうか?
千夏は、昨日、助けを求めなかった。
高木に“中沢君”と呼ばれて、それを否定した。
あそこで働いていると思われても仕方がない。
「君にやってもらいたい仕事があるんだが…」
今度は及川が口を開いた。
「はい?」
「ここもそうだが、わたしのところも、それから常務の石橋のところも、資料の山だ」
高木の部屋は、いたるところに資料やファイルが山積みになっていた。
「極秘の資料もあって、本来なら自分で整理しなくてはならんのだが、君にたのめないかな?」
「わたしに…ですか?」
「ああ。君にだ。あの店とは、どういう契約なんだ?辞めると違約金とか発生するのか?」
「いえ、勤めてるわけじゃ…」
「バイトって言うことか?」
千夏は、問い詰められても答えようがない。
「実は、君には、わたしが代表をしている子会社のほうに移ってもらいたいんだが…」
「どういうことですか?」
「あの店がいくら出すのかは知らないが、相応の手当てはつけさせてもらうつもりだ。うちの社員だと、他の社員とのバランスもあって、そう高くは出せないからね」
「どうして、わたしに…」
「極秘の資料もあると言っただろ」
「はい」
「会社の秘密事項も我々個人個人の秘密もある」
(個人の秘密?…昨日のこと?)
「昨日のことを言ってるんですか?」
「昨日のこと?…ああ、昨日のことね。あれも秘密の中のひとつだな。言いふらす気かね?」
「いえ、そんなつもりは…」
「我々よりも先に君が目を通す資料も出てくる。いちいち全部に目を通してから君に渡すわけじゃないから、まぁ、他人には知られたくない個人的なことも君の目に入るかもしれないということだ」
(だから…何?)
高木は微妙な言い回しをしたが、それでも千夏にはぴんとこない。
「君のプライベートを少し管理させてもらうということだ」
代わりに及川が答えた。
「うちが所有しているマンションに引っ越してもらうつもりだ。もちろん、家賃から何から引越しの費用もすべて会社で持つ。どうかな?」
(そういうことか…)
ようやく千夏にも理解できた。
「考えさせてもらってもいいですか?」
「今、考えてくれないか。君のお父さんの会社に出資を検討しているところなんだ」
(それって…)
「お話はわかりました。で、給与は?」
「月、60万のつもりだ。車も会社のものを使っていい」
「そうですか」
「それでどうかな?」
「はい、それでかまいません。今日は、アパートに帰ってもいいですか?洗濯物とかそのままなので…」
「ああ。かまわんよ。移籍の手続きはこちらでやっておく」
「お願いします」
「いや、こちらこそだ。引き受けてもらってうれしいよ」
高木の手が、千夏の肩に回され、千夏は高木の胸にひきよせられた。
「正直言うとね、君が気に入ったんだよ」
高木の口からようやく本音が飛び出した。
「ここの奥の部屋が役員専用の資料室だ。明日からそこが君の仕事場だ」
千夏は、高木に抱きかかえられるようにして奥の資料室に連れて行かれた。